幾たびの戦場を越えて不敗。

―――カムランの野、正午。
調停式に出席するため、テントにて鎧を着けるアルトリア。
戦支度ともなると、短気なサー・ガウェインや口汚いサー・ケイ、
そして世に最高の騎士、湖のサー・ラーンスロッドの姿があったものだった。
だがそんな彼らの声を聞くことは、もう無い。
寂しい戦陣の様子を見つめるアルトリアの視線はガラスのように
曇り、空ろだった。
「アーサー王様」
テントの前で跪き、ベディヴィエールが声をかける。
「連れの騎士はいかがいたしましょうか?」
アルトリアはその問いに暫し悩み
「……約定の通り、14人の兵を用意せよ。
彼らを敵の真正面に立たせ、もし剣が抜かれるようであれば
即座に敵を皆殺しにするのだ」
といった。
「…………王、それは」
「ベディヴィエール、そなたは良き臣下であったな」
「…………は」
「ならば従え。
これは大王の命である」
アルトリアの声は硬く、その心情を表に出すことは無かった。
ベディヴィエールは苦しげに歯をかむと
「はい。そのように」
そう返事を返して騎士の用意をする為立ち上がった。
『………………』
モルドレッドに対し与えるその権利は、アルトリアがその生涯をかけて
守ってきた、全てである。
―――奪われたならば、取り戻せる。
けれども、失ったものは戻ってはこない―――。
それゆえに、このカムランでの戦だけは絶対に避けなければならない。
―――予言にあるアーサー王最後の地、カムラン。
そこでアルトリアは命を落とすという。
ブリテンを守護する竜として魔術的な因子を持って生みだされたアルトリアは
それゆえに、その命運をも国と共にしていた。
アルトリアが死ぬこと、それはすなわちログレスの、
―――ブリテンの滅びを意味する。
『私が滅びれば、ブリテンは再び暗黒の時代を迎えることになる』
鎧を着けたアルトリアは聖剣を腰につけ物思いに耽る。
アルトリアの脳裏に略奪、暴行、そして死を振りまく暗黒時代の
ブリテンの様が思い出された。
『………それでは駄目だ。
それだけはいけない』
竜の文様があしらわれた立派なマントを羽織り、鎧の上で結ぶ。
『剣を取り、ただ力の限り振るい続けてきた。
それは……その先にこの国の未来があればこそ。
けれど………こんな。
何も残らない終わり方では………駄目なのだ』
赤い竜を縁取った竜冠を頭に載せ、顔を上げる。
『だから……何を失おうと、この国だけは必ず。
守ってみせる』
テントから出て空を見上げる。曇り空だ。
『それが、王として最後に出来る、
この国を守る手立てのはずだから』
テントの前に集った14人の騎士を見渡し頷くと
軍馬にまたがり進みだす。
アルトリアは調印式の会場へと歩を進めた。
常世の国アヴァロンその4。
モルドレッドは
『アルトリア』自身と、アルトリアの姉
『妖姫モルガン・ル・フェ』との間に出来た不義の子である。
基督教の教えが根底にある中世騎士道社会という舞台において
その行いは犯してはならない厳罰であり、その為アルトリアは
かの者、モードレットによって破滅することが宿命付けられていた。
それは逃れられない宿命であり、この地、カムランにおいて
アルトリアが最後の戦いを行うことは、魔術師であり優れた預言者でもあった
マーリンによって予言されていたことだったのである。
その運命を避けねばと、アルトリアはモードレットに和議を申し入れ
このカムランでの戦いを回避するため奔走するのだが……。