進む 戻る


故に、生涯に意味は無く。

「モードレット……………」
死者の埋め尽くす丘で立ち上がったモードレットの姿は
全身血にまみれ、まるで地獄から現れた悪魔のようであった。
否、実際に彼はアルトリアにとって悪魔のような存在であることに
変わりはない。

「モードレットォォ!」

アルトリアは血の滴る聖剣を上段にかまえ死者の丘を突進した。
「アーサー王、いけません!」
ベディヴィエールとルカンは慌ててアルトリアを止めようとするがもう遅い。
アルトリアの一刀はモードレットの剣を捉え、戦いは始まった。


「おおおおおおおおお!」
上段からの袈裟切り。魔力を爆発的に放出することで
常人の数倍を誇る膂力で振るわれるその剣は容易に防げるものではなく
受けたモードレットはただの一撃でその足をふらつかせる。

唸り、轟き、爆ぜる!

青い軌跡が竜巻のようにモードレットを襲う。
数限りない戦を超えてその剣技は常に非ず。
怒りに震えてなおアルトリアの剣はこの地獄を照らすかのように明るかった。
そうして力任せに振るわれる聖剣はモードレットの持つ剣を砕き、塵へと変えてゆく。
苛烈な剣戟に死を予感したのか。


―――彼はその表情に恐れを浮かべた。





「………………っ」
戦いの熱は、憎しみは。
アルトリアの中に渦巻いていた。
それが今の己を突き動かしているのだと。
だが。
―――憎いモードレットの中に、死の恐れという、人の心を垣間見ると―――。
彼女のうちからモードレットに向かっていた負の感情は消えて無くなった。
悪魔でもなく、人にあらざるものでもないサー・モードレット。

『ならば………それよりも愚かで、醜き人外の者を………
私は知っている』





体を突き動かしていた激情が消え、運命に抗おうとする力がアルトリアの体を手放す。
―――そうして。

ドッ。

聖剣がモードレットの胸を貫く。
だが、それと同時に放たれたモードレットの渾身の一撃が
竜冠を貫き、アルトリアの頭蓋を打ち砕く。


―――予言は成った。






「―――――あ」
流れ落ちる鮮血は王の顔を真っ赤にぬらし、その視界を真紅に染める。
気が遠くなり、アルトリアは膝をつく。
ぐにゃりと歪む視界の端で、ベディヴィエールとルカンが駆け寄ってくるのがみえた。
「―――――ああ」
私は、死ぬのか。
体から王を支えていた全ての力が抜けてゆき、少女は地に伏した。





<ああ。主よ、イエス・キリストよ>


二人の騎士の顔は慟哭に歪んでいる。
その涙はきっと、国の未来を思って流される涙なのだろう。
ああ……すまなかった。愛しき騎士達よ。
私は―――王の器では、無かったのだ。


<もし慈悲の心があるのでしたら、神の為、国の為
尽くしてきたこの愚かな女の願いを、一つだけ聞き届けてください>


必死に呼びかけてくるベディヴィエールとルカンの声がどこか遠く聞こえる。
ぽたぽたと、頬に当たるのはその涙か。
『ああ、もう泣くな。私は、きっと』


<私に、聖杯の奇跡を。
願いをかなえる万能の杯に触れる機会を、どうか与えてください>


すると不思議なことが起こった。
真紅に染まったはずの視界がその時を境に、灰色に染まる。
まるで時間が止まってしまったかのようにアルトリアには思えた。


<―――そうして、もし叶うのならば。
この愚かで、無力な小娘の存在を消し去り。
偉大な力によってこのブリテンを導く、真の王を。
ログレスに与えてください―――>







地獄と化した灰色のカムランに、ゆっくりと降りてくるまばゆい光。
その光は天に開いた穴へと彼女を誘う。
それは星の道か、はたまた地獄への門か。

「―――どちらでも」

輝く白銀の鎧と見目麗しいかんばせ。
手には輝く美しき聖剣。
少女はその胸に願いを抱き、すっくと立ち上がった。

旅立つ前に一度だけ、涙をこぼす騎士達へと振り返る。



「私はきっと……そなたらがいつまでも笑顔でいられる完全なる王を……
連れてくるぞ」

そうして少女は、もう二度と振り返る事無く光の帯へと入ってゆく。






目指すは奇跡を起こすという万能の釜、聖杯。
胸に抱いたその思いをかなえるため、少女は歩き出した。
―――最後の、旅へと。







進む 戻る


常世の国アヴァロンその9。

ああ、それが手の届かない”奇跡”なのだとしても。
私が王であるならば、その願いだけは叶えなければ。

この身は世に最高の騎士などではないだろう。
主はこのような穢れた両手で、聖杯に触れることをお許しにならないだろう。
―――それでも。
掴まなければならないのだ。


―――この国と人々の笑顔を守る、
偉大なる王を……呼ぶ。その奇跡を―――。


傷ついた少女は今一度歩き出す。
夢見た、常世の国へと向かって。