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その体は、きっと剣で出来ていた。

街のネオンが照らしだす、灰色のビルの上階フロア。
時代を超え世界を超え法治国家と建前られた国に呼ばれても、
アルトリアは未だ戦場の中に居た。

闇が覆う四角い部屋の中には四人、否、正確には五人の男女が相対している。
一人はコートを羽織った灰色の魔術師、衛宮切嗣。
アルトリアのマスターである。
手に持った銃を隣に立つ長髪の女の頭に突きつけ、感情の読めない瞳で相対する男を見ている。
対する魔術師の男は中肉中背。
憎悪に歪められたその視線は眼前で不遜に構える切嗣を貫いていた。
彼の背後には強い気配を持つ霊体
―――サーヴァントが潜んでいる。
だが彼は銃を突きつけられる女を苦々しく見つめ、実体化することはない。
そして最後の一人―――騎士王アルトリア。
ただ毅然と。切嗣の隣で剣を構えていた。


トンッ。

「………………あっ」
膠着していた戦場の空気を、切嗣が取った行動が変える。
長髪の女性を魔術師のほうへと突き飛ばしたのだ。
恋人を人質に取られ、絶望の最中にあった魔術師の顔に一瞬、希望の光がよぎる。
その両手が、想い人の体を抱き寄せようと前に伸びる。

―――だが。

令呪に告げる――――

希望の光を断つかのように灰色の魔術師は高々と腕を掲げ、命じる。

剣の王よ。―――我が意に従い、『敵』を貫け




聖杯を求め、数十度。
ありとあらゆるその名を冠した戦いにおいて、少女が味わったのは
生前の、旅立つ前の焼き直し。
振るわれる剣は未来ある騎士の体を切り裂き、その命を天へと返す。
落とされた聖剣は兵を焼き、命を焼き尽くす。
降りかかる怒号、投げられた憎悪の言葉の数々。

目的の為に、命を、理想を、志を斬り捨てなければならない
―――そんな、悲劇の繰り返し。





キィィィィン………
―――ガシャンッ!


令呪を通して発した命令は冬木のサーヴァントシステムに則り
従者サーヴァントに絶対の枷を形成する。
その光はアルトリアの意思を奪い、行動を強制した。

ドシュッ。

―――そして今、悲劇は繰り返される。
アルトリアの………否、”セイバー”の剣は、女の体を貫いていた。







女の体が床に横たわる。その表情は遺された者を守りきれなかった無念に彩られていた。
「あ……………………」
差し出した両手を宙に彷徨わせる魔術師を尻目に、セイバーは女の体から剣を引き抜く。
本来の敵、魔術師のサーヴァントに立ち向かう為だ。
「ああああああああああああああ!」
目前で行われた惨劇に、魔術師はようやく反応する。
己がサーヴァントに、目前の敵を殺せと命じようとする。
だが。その一瞬の忘我は、魔術師同士の戦闘に於いて致命的なものであった。

パンッ。

軽い、本当に軽い音がして。
魔術師の体は一発の銃撃に跳ねるように震えて、そのまま崩れ落ちた。
霊体から実体へとシフトしかけていた魔術師のサーヴァントは
主の死に動揺し、一瞬その動きを止める。

ザンッ。

そこへ容赦なく振り下ろされる聖剣。
悲鳴一つ上げる事無く、サーヴァントは光の粒と化し消滅した。






「……………………」
にごったガラス玉のように、光を映さない両の眼で
セイバーは動かなくなった女と魔術師を見下ろした。

―――それは、完璧な仕事だった。
恋人を戦地に連れ込むという愚策を犯した敵の甘さを突き、彼女を拉致する。
彼を呼び出し、恋人の命を贄として一瞬の隙を作り魔術師を殺害する。

これ以上などないだろう。セイバーと同じ、『英霊』であるサーヴァントという存在を
マスター共々手も足も出させず亡き者にした。一分とかかってはいまい。
一人を倒すのに一人の犠牲。だが、それ以外は誰も巻き込まない。
上手く、賢い、最善のやり方だった。

けれど―――この剣が女の胸を刺し貫いた時。
セイバーを襲った感情は………あまりにやるせないものだった。

見たから、知ったから、触れたから。彼女は関係者、敵だった。
だから殺す。
それは魔術師の戦場に居る者として当然の理だ。
………だがそれでも。
女に対し、剣を振るのをためらったであろうこの両手。
それはこの悲しい思いそのものが、それを証明していた。

ためらいは、迷いは。
道を貫くものの上に舞い降りその身を死に晒す。

『ここはそういう場所だ。この先そう振る舞い、剣を振るえ』
故に切嗣は令呪を使ったのだ。従者たる者に覚悟を促す為に。
判っている、判っているのだ。
だが―――。





カツッ。

仕事は済んだ、といわんばかりに
衛宮切嗣は踵を返し、建物の階段へと向かう。

「キリツグ」

たまらず、声をかける。かけてしまう。
だが切嗣はその歩みを止めない。
問答は不要だと、言わんばかりに。

「―――キリツグ!」

セイバーの悲痛な叫びに切嗣はようやく足を止め振り返った。
二人は暫し見詰め合う。
光を映さないガラスのような、けれどどこか悲しい瞳。
同じ光を持つその瞳はただ決然と、従者の問いに答えた。


「それが、もっとも犠牲の少ない、勝利への道だからだよ」


―――判りきっていた答えが帰ってきた。
ソレ以上問答するつもりなどないと言わんばかりに
灰色の魔術師は背を向けて階段を下りていく。

その背中は無言の内に語る。
犠牲は、かならず在る。
禍根は、次の戦いを生む。
救えるものと、救えないもの。僕らはそれを選びながら戦っていく。
それは、君にもわかっているはずだ、と。





「ああ……………」

セイバーは膝を突く。
サーヴァントは同じ特性を持つマスターにこそ呼び出される。
衛宮切嗣は悲しいほどにセイバーと同じ、
否、ソレ以上に正しい存在だった。

成すべき理想がある。
その為にその手を汚し、傷つくことを恐れない。
彼は鏡だった。今まで見ることの叶わなかった、自らの道を映す鏡。

―――剣。
心まで硬く、鋼のようになってしまった者の在り方。
尊ぶ目的がある。夢見た理想がある。
それを貫く為に、心を殺し笑顔を捨て最善を選び実行する。
それは道具。目的の為に特化した剣の生き方だ。

それはたしかに正しい。正しいのだろう。
けれど。
その姿の―――なんと無慈悲で悲痛なことか。




―――ああ。
この灰色の部屋は私の理想の果てだ。

勝つ為に築いた死の山。
横たわるのは守りたかった笑顔たち。
そして最後には………何も残らない。
ここは小娘が抱いた、愚かな理想の眠る場所。


―――常世の国アヴァロン


だが。





「私は………」

こんなに悲しい、何も残らない、そんな理想郷を求めたわけでは無い。
みんなが笑顔で暮らせる、愛する国を守る為。
剣を振るってきたのだ。

零れ落ちそうになる涙を、歯を食いしばって堪える。
折れるわけには行かない。認めるわけにはいかない。
こんなものが、理想郷であってたまるか。
足掻き、もがき、血を吐いて傷ついて殺して。
―――その果てにこんな結果しか導き出せなくとも。
決して諦めてなるものか。

そんな定めを否定する為に、聖杯を得るのだ。
こんな悲しい結果を生み出さない、理想の王を見出すために
私は今、戦っているのだ。

だから立ち上がれ。
涙をこぼすな。
結果に絶望するな―――!

私には救わなければならない、愛すべき国と騎士達がいるのだから。




そうして、セイバーは立ち上がる。

これで一人。
冬木の聖杯戦争に呼び出されたサーヴァントは全部で七騎。
その全てを打ち倒した時、聖杯は顕現するという。


戦おう。
この戦いの果てに、聖杯が待っているなら。
勝利しよう。
涙を流し、国を愛した騎士達の為に。
そして、得るのだ。
私の理想郷、常世の国を。

―――ブリテンにもたらす事のできる、偉大なる王を。


魔術師が去っていった灰色の階段。
その先に何が待とうとも、聖杯を掴むまで折れてたまるものか。
セイバーはそう決意するとその一歩を踏み出した。







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常世の国アヴァロンその10。最終話。
新たな始まりと常世の国。

代償は支払われ、少女は傷つき続けた。
剣を振るい誰かが傷つくたびに、王ではない少女はそのむき出しの理想を
傷つけていく。
だがそれでも。
前へ進むしかない。

剣を取った時から少女は王になると決意した。
だからこの胸の内に理想が、『選定の剣』が輝き続ける限り。
たとえ守るものを失っても少女は王のまま、『常世の国』を目指す。
抱いた理想も、選んだ生き方も、その生涯をかけて貫いてきた
少女自身の誇りだから。その生き方に背を向けるわけにはいかないのだ。



―――そう。だからこそ、気がつかない。
振るい続けた剣の意味も、騎士が流した涙の訳も。
誤解したまま走り続ける。



いつか少女は気付くだろうか?
散っていった命の意味を。
いつか少女は報われるだろうか?
守り続けたその気高き生き方に。


いつか少女は出会うだろうか?

少女を守る、理想郷少年に。


―――そして物語はまた始まる。