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剣の丘で勝利に酔う。

ギャリリリリリィィン!

迫る騎士の剣を受け流しいなすと、弾丸のように斜め前へと踏み込む。
「――――っ」
息を呑む敵の気配。
敵の後ろを取ったアルトリアは踏み込みの勢いを殺す事無く
その頚椎に聖剣を叩き込む。

ドシャッ。

首を落とされた騎士は力なく地面に倒れる。
「はああああっ!」
―――後ろから切りかかってくる敵の気配。
その剣の軌道を勘で見切り、半歩進んでやり過ごすと
振り向きざま聖剣をなぎ払う。

ツッギィィィン!

聖剣は敵の剣腹を捕らえ、長剣を根元から叩き折る。
「………なっ」
隙だらけの騎士の脳天に容赦なく
放たれた一撃は
その体を易々と両断し、二つに割る。
だが、割れた視界の先。
「おおおおおおおっ!」
剣を振り上げる敵兵の姿。
前の騎士を切り裂き、振り下ろされた剣を組み易しと見たのか
騎士は恐れる事無くアルトリアの間合いに踏み込んでくる。

ザンッ!ブシュウウウッ!

「―――っぷ!」
だがそれこそ彼女の罠。
疾風の如き速度で”切り上げられた”聖剣は
騎士の正中線を今度は逆から抜き、その体を両断した。



―――ザワッ―――。

一瞬で4人の騎士がその生命を奪われた。
目の前で行われた人外の舞は
アルトリアが如何に人間離れした力を持つのかを周囲の騎士達に教える。
そうして、彼らを睥睨する赤き竜。


―――余はログレスを守護する者。
その妨げになるのならば。
そなたらの命、ここで残らず刈り取ってくれる―――。


「うわ、……わあああああっ!」
悲鳴が戦場を切り裂き、恐れが伝播する。
その隙を逃す事無くアルトリアは敵陣に踏み込み、騎士達の命を蹂躙した。



―――酷い乱戦であった。
状況は聖剣エクスカリバーを振るうことを許さず、その戦いは
血で血を洗う凄惨なものになった。
だが、阿鼻叫喚の乱戦模様においても、アルトリアは先陣を切り
誰よりも多く敵兵を殺した。

そして太陽が茜色に染まり、夕日が丘の向こうに落ちようとする頃
アルトリアは再び追憶する。
滅びの、行程を。





―――アルトリアとラーンスロットの間で起きたギネヴィアを巡る戦い。
泥沼になりかけたその内戦はサー・ラーンスロットの投降と
彼自身のブリテンからの追放をその沙汰に決着がついた。
彼の願いによりギネヴィア王妃はアルトリアの下へ戻り
その後の咎なし、ということで収まった。

だが、回りだした歯車は、止まることを知らない。
―――数年が過ぎ。
ガウェインの治まりきらないラーンスロットへの復讐の念に押し切られ、
再び彼と戦うことになるアルトリア。
ベンウィックへと攻め込み数ヶ月が過ぎた頃、
国に置いてきたギネヴィアから、従者を使っての手紙が届いた。
それにはこう書いてあった。


『ブリテンの王位は、モードレットに簒奪されてしまいました。
私を助けて欲しい、アーサー』


それから先は、ただただ失うばかりの行程であった。
『狭い海』の浅瀬での戦いで多くの騎士達が死に、
サー・ガウェインもラーンスロットへの友情とその後悔、
アルトリアへの謝罪の意識に押しつぶされながら死んでいった。
続くモードレットの軍隊を追走しながらの戦い。
また多くの騎士達が死んでいった。

自国を踏み荒らし、同じ旗印の者たちが喰らい会う、地獄絵図。
築いてきた騎士道が、田畑が、栄光が、ログレスの火が。
みな、消えてゆく。






―――そして、今。
アルトリアの前で、あの日、”選定の剣”を引き抜いた時に
マーリンに見せられた地獄が広がっていた。


真っ赤だ。丘は真っ赤に染まっている。


頭を割られ、脳漿を撒き散らし散った騎士。
胸を貫かれ、血反吐を吐いて倒れた騎士。
首を落とされ、大地に突っ伏す勇壮なる馬。
友であったものに殺され、慟哭のうちに死んだ者。
兄弟であったものに殺され、悲嘆のうちに死んだ者。
その悲しみに、自ら命を絶った者。
苦しみ喘ぎ、呪詛を吐き、生を呪う限りなき怨叉の立ち込める地獄。
―――死。
そこは数多くの、否、限りない死の山―――。

カムランの丘は、呪詛と死に満ちる地獄と化していた。





………動くものは何も無く。
立っているのは円卓の騎士サー・ベディヴィエールと
サー・ルカン、そしてアルトリアだけである。
三人とも全身が返り血で真っ赤に汚れ、
そこに騎士道の誉れなど………どこにも無かった。

「―――――あ」
アルトリアの、ガラスのようににごった瞳に、
絶望の光が浮いた。

―――全てが、壊れてしまった。
何も、守ることは出来なかった。
王という、尊く、偉大に思ってきたその矜持の形が
無数の死と共に大地に流れ落ちてゆく。


ああ、私は。
ログレスの火では。
愛すべき国を、民を守る、良き王などではなかった。


………無くなってしまえばいい。
消えてしまえばいいのだ……!
ああ、神よ。願わくばこの愚かしい小娘の存在を消し去り。
―――真に偉大な王に。あの剣を渡して欲しい。




「うわああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!
わあああああああああああああああ!」



少女の慟哭が、血塗られた丘に木霊する。
二人の騎士はそのあまりの悲痛さに表情をゆがめた。
身も心も、引き裂かれるかのような……そんな慟哭だった。


ギギィ。

その時、金属のこすれる様な音が静かな戦場に響いた。
一行は思わず、その方向に目をやる。

動くものの無かった死の丘に、幽鬼のように立ち上がる影一つ。
―――モードレットであった。







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常世の国アヴァロンその8。

―――その行いのうちに、過ちを犯して。
初めて気がつくことがある。

―――積み重ねてきた年月が、美しい思いを
その疲労の中に見失わせてしまうことがある。

誰が、未来の自分を想像できよう。
例えその姿を見ることが出来たとしても
未来において慟哭する自分は、様々な思いと行いの果てに。
そこに居るのだ。


気高き王は絶望する。
己は、奇麗なものを追い求めてきただけの、
小娘に過ぎなかったのだと―――。