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彼の者は常に独り

調停式。
お互いの書記たちが記した調停書にアルトリアとモードレット、
二人が署名を済ませると調停は完了である。
アルトリアはこの休戦が何事も無く上手くいったことに安心し
胸をなでおろした。

『これで、カムランが過ぎれば
ログレスの平和は守られる―――』

だが、その時。
一匹の毒蛇が、モードレット側の騎士の踵にちくりと噛み付いた。
騎士は驚き、抜剣してこの毒蛇を斬り捨てる。

―――それが、号砲になった。

アルトリアによって命令されていた14人の騎士達は全員が抜剣し
モードレットの騎士達に襲い掛かった。
だが同じ時に、モードレットの騎士達も抜剣しその一撃を防ぐ。
彼も己が兵士に同じ命令をしていたのだった。
初手を外された兵士たちは泥沼の斬り合いを開始する。



「…………な」
そうして始まった大乱戦にアルトリアは絶句した。
「そん―――な」

……始まりはほんの少しの悪運かもしれない。
けれどこの結果は、彼女の孤独な生き様が生んだものともいえた。

―――無慈悲な運命の神は、あざ笑う。
定めからは逃れられはしない。………何故?
問うまでもない。
これは無能な王である、お前自身が導いた結果なのだから―――。





そうして。
カムランは、始まってしまった。






「アーサー王、覚悟!」
モードレットの騎士が剣を上段にかまえアルトリアに迫る。
重い絶望に体は囚われながらも
体に走る竜の因子と王たるものの意思が、
アルトリアの体を動かした。

グシャッ!

抜剣一撃、弧を描いて放たれた聖剣の兜割が鉄兜ごと相手の頭を叩き割る。
砕けたかぶとの中に見えた顔は、モードレットについた元円卓の騎士のものだった。
「――――!」
アルトリアの胸に痛みが走る。

―――自らが王として完全な仕事をこなしていれば
この騎士は、死なずに済んだのだろうか―――。


ヒュンッ、グワシャッ!

物思いに耽りながらも反射的に放った後方への上段切りが、
背後から襲い掛かってきた騎士の面当てを叩き割った。
騎士はどうと地面に倒れ事切れた。
立ち上がり、敵陣を睥睨する。
重武装の騎士達が軍馬で、徒歩で、駆けてくる。
今度は自陣をみやる。
同じように重武装の騎士達が軍馬で、徒歩で、駆けてくる。

―――総力戦だ。
この戦は、凄惨なものになる。

それを意識すると、アルトリアは馬を探す。―――居た。
馬を預けた従者は既に事切れており、草むらの中に倒れている。
死体の前で十字を切り、短く黙祷を捧げるとアルトリアは自身の馬に
ヒラリと飛び乗った。
「―――生き延びなければ」
ログレスの火を、ここで絶やすわけにはいかない。
見える敵兵は1万をゆうに越すだろう。だが、例え万を超える
敵が相手だろうとも死ねない、死ねないのだ。



「全軍聞けい!」



裂帛の気合をもって放たれた号令は戦場に居る全ての者を貫いた。
気高く雄雄しい、赤い竜。
その表情に絶望は無い。
あるのはただ敵を滅し国を守る、気高い王の意思だけ。



「余はアーサー・ペンドラゴン!ブリテンの王である!
我が下で戦うものには勇気と庇護を、我が前を塞ぐ者には
死と破滅を与えてくれよう!
兵たちよ、余の後に続け!
生きてログレスの旗を掲げるのだ!」



オオオオオオオオオオオオ!!!!!!



―――美しき哉赤い竜。
栄光の時は過ぎ去っても、ブリテンの王は鮮烈なまでに輝き兵の心を魅了する。
赤い竜を軍旗として携えるアーサーの軍隊からは鬨の声、
黒き竜を軍旗として携えるモードレッドの軍隊からは恐怖の慄きが上がった。
兵士達はその思いに違いこそあれ、こう叫ぶ。
あれを見よ。アーサー王は健在であるぞ―――と。

そうだ、これを最後にするわけにはいかないのだ。
生きて、明日という日にこのともし火を繋がなくてはならない!


手綱を握り、拍車を蹴りこむとアルトリアの軍馬は一条の疾風と化す。
赤い竜は敵陣へと切り込んで行った―――。







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常世の国アヴァロンその7。
王たる、資格。


王とは、なんなのであろうか。
国を治めるとは、どのような事なのだろうか。

人を信じれば情が移り、その判断に鋭利さを失う。
誰かを愛すれば平等では無いと言われ、人は離れる。
新たな行いは、現状に満足する者達からの不満を受け、
停滞は無能と誹られる。
成した結果は優れていても、人々はその手段の是非を問い
糾弾を浴びせる。


―――なにを信じ、なにを行い、何を成すのか。
彼女は貫いてきた。王としての責務を。
彼女は走り続けてきた。その道を。
血を吐こうと、誹られようと。
たとえ、誰かに愛されることが無かろうとも―――。
彼女は―――王たらんと生きてきた。



だが、それでも。



―――滅びは、やってくる。