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ただの一度も理解されない。

そうして馬は、モードレットとの調印を行う会場に着いた。
モードレット側にも約定にあるとおり14人の騎士が随伴していた。
アルトリアとモードレット、二人は調印の手続きを済ませるため
お互いの従者に馬を預け歩み寄る。

―――簒奪王モードレット。
奸智に長け、流行を生み、その才と怪しい魅力で人をひきつける。
その在り様はアルトリアとは真逆であり、それゆえに
人は彼の下に集うのだろう―――。





―――アルトリアは正しい王だった。
王としてつねに自身を律し、蛮勇の時代のブリテンに
理を敷こうと法を整備し、広く普及させた。
その施政は完璧であり、乱れたブリテンの網紀は粛正され、法の下に正された。
だが、これは苛烈な法であり、不道徳を憎み悪行を許すまじとする
厳しい戒律であった。
法に背き、理を尊ばない者を王は断罪し、切り捨てた。


―――アルトリアは公正な王だった。
誰であろうと分け隔てなく接し、贔屓をせず、家柄で人を判断することは
無かった。
騎士達にも己が言い分を実力と行いを持って示せ、と
厳しく接し、また己自身にも身内にも厳しく苛烈な王であった。
領民を苦しめ、無法を許す者をアルトリアは決して許さず、残らず切り捨てた。


―――アルトリアは強い王だった。
ログレスに進入する全ての蛮族、民族、侵略者に対し一切の容赦を
する事無く、その尽くを退けた。
戦に勝つ為にありとあらゆる策と手段を用い、
軍備の補充の為田畑を干上がらせ、男手を徴集し、野山を焼きつくした。
そうして、敵の全てを切り捨てたのだ。



国と民を守るため、すべての感情を切り捨てその責務を果たし、
王としてたくさんの人間を殺した。

どれだけの血が流れただろう。
どれだけの涙が流れただろう。

その果てにブリテンは平和を取り戻した。
ロゥマが去って数十年。アルトリアが夢見た平和なブリテンは
ようやくその日の出を迎えたのだ。





―――けれど。

王は平和な世界にヒトリボッチ。

誰よりも完璧に「王」であり続けた少女は、平和になったログレスの地に
理解の及ばない人外として迎えられた。


人々は王の決断に恐れ、王の存在に不安がり、そして王を理解の外に置いた。

あの少年は「王」なのだから、年を取らないのだ。我々とは違う。
あの少年は「王」なのだから、人を殺すのだ。我々とは違う。
あの少年は「王」なのだから、人の心の痛みが判らないのだ。我々とは違う。

”王”ダカラ、ワカラナクテ、トウゼンナノダ。

―――と。
そして、少女の周りから笑顔が消えた。







―――皮肉なものだ。
あの日魔術師がアルトリアに残した、予言じみた言葉は現実となった。
「奇跡には代償が必要だ。君は、その一番大切なものを引き換えにするだろう」


少女は幼い日、傷ついたブリテンと、苦しむ多くの人たちを見て思った。
ただ、みんなのえがおを。
みんなを守りたい。
………と。

それが少女の理想。少女の思い。
聖杯に祈った、原初の思い―――。


「誰も傷つかない平和な時が、いつまでもいつまでも、続きますように。
その為に、私が傷つきます。
その為に、私が剣を振るいます。
私が、みんなを守りますから―――」


だが、誰よりも殺し、誰よりも笑顔を壊しているのは少女自身。
否、王として生きるアルトリア自身。
王として正しくあろうとすればするほど、笑わないその仮面の下で、感情など捨て去った王の衣の下で
少女の理想は傷つき悲鳴を上げるようになった。

そうして、聖杯探求において愛する騎士達の多くを失った時
アルトリアの内に秘されていた疑問は噴出する。

「私は、王たる資格を持つものだったのか?」

―――と。







そして今、人々はモードレットの下に集う。
モードレットの浮かべる笑顔に。
モードレットの話す理想に。
モードレットの行う施政に。

理解を示し、恭順する。
理解できないアルトリアを恐れ、廃絶しようとする。

その意が、想いが。
モードレットの悪意と共に、アルトリアの目前にあった。







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常世の国アヴァロンその6。
破滅への行程。


妖姫モルガンは恐ろしい魔術の使い手であり
本来子は成せないはずのアルトリアからその因子を掠め取り
妄執の末、モードレットという呪われた存在を作り出した。
因果を越え、不義の行いを自らの手で作り出したのだ―――。
なんと恐ろしいまでの憎しみであろうか。

モルガンはアルトリアの姉という立場でありながら
彼女から聖剣の鞘、アヴァロンを奪いその命を何度も狙ってきた恐るべき仇敵である。
その憎しみの根源には支配欲、虚栄心といった悪徳があり、
妹でありながらもブリテンの王として生まれたアルトリアに対して深い憎しみがあった。
彼女は生まれたモードレットにアルトリアを憎ませ、彼女を破滅させんとし、
そしてその永きに渡る計画は今結実しようとしていた。




聖杯探求によって円卓が衰退した頃。
モードレットは円卓の騎士としてアルトリアの下へとやって来ることになる。

彼は奸智に長け、流行を作り出す天才的な能力を持っており、
聖杯の探求でがらりと入れ替わった騎士達を魅了し、宮廷を掌握し始める。
また、円卓の騎士であるサー・ラーンスロットと
アルトリアの后ギネヴィアの不義の恋も見抜き、これを暴きたて
アルトリアに彼ら二人を罰するように仕向けた。
その結果、アルトリアは自らが定めた厳しい法の下に公正で在らねばならず
ギネヴィアには極刑を申し付け、
ラ−ンスロットには謀反人として討伐の命を出さねばならなくなってしまった。
ラーンスロットはギネヴィアへの愛の為、この処刑を見過ごすことが出来ず
友であるアルトリアの宮廷へ攻め入り、彼女の騎士を大勢殺すことになってしまう。
これにはサー・ガウェインの弟たちも含まれていた。
これによりガウェインは親友であったラーンスロットに激しい憎しみを抱き
アルトリアに彼を殺すよう迫った。
これは後々更なる悲劇を起こす火種となる。

ラーンスロットもまた徳の高い騎士で、円卓の中には彼を慕って騎士になったものや
彼に従うものが大勢いた。
その為円卓は真っ二つに割れ、ラーンスロットとアルトリアという
対決図式が出来上がってしまった。



―――全てが失われていった。
魔術師が、アルトリアに予言した通りに。

ログレスの輝かしい火は、たしかに一時、暗黒のブリテンを明るく照らし出した。
けれども―――。
その火は、少女を照らすことは無かったのだ。