
ただの一度も理解されない
水平線のかなたに真っ赤な夕日が沈んでゆく。
二人は砂塵舞う金色の砂の上をただ歩き続けた。
あと50kmも行けば町に到着する。だが怪我人二人の状況で
無理を通せば命に関わろう。
「あんたさ・・・」
「喋るな。体力を消耗するぞ・・・」
「・・・・町に着いたらお別れでしょ。
それに私が倒れたらあんた見捨てるの?見捨てないでしょ」
「・・・やっかいな同行者だ。なんだ」
立ち止まらずエミヤは声に耳を傾ける。
「・・・・その・・・。
何でこんなこと続けてるのよ。
あんた、凄い戦士だけど・・・向いてないよ。こういうのさ」
ちらりと女を見る。
悲しい・・・顔だ。心から誰かを悼むことが出来る。人間の顔。
「なんでそんなことを知りたいのだ。お前も言っただろう。
・・・町に着けば、お別れだと」
「・・・・!・・・・寂しいじゃないか・・・。そんなの・・・」
寂しい・・・か。
「――――正義の―――味方。」
「・・・・は?」
「正義の味方。
苦しんで、困っている人間のいる場所に必ず現れ。
理不尽な死など全て払いのけられる・・・・力ある者。
そんな風に。なれると思ったんだ」
「・・・・プ。アハハハハハハハ!」
女は大口を開けて大笑いした。
――――ーク。失礼な奴だ。
そんな大声で笑うとは。
「全ての人間を等しく救える。
アラー
あんた―――それは神様のやることだよ?」
―――――ーっ。
「あんたは神様じゃない。
―――人間じゃないか」
女の言葉が―――重く突き刺さる。
そうだ。こうして歩いている間にもヒトは死ぬ。私は神様ではない。
どれだけ遠くまで見える目を持っていてもその場所に力を振るうことは出来ない。
ましてや見えない場所を守ることなど出来るはずが無い。
――――足が。とまった。
「―――わかって・・・いるさ。
それでも―――目の前にいる全員を救いたい。
困っているヒトを助けたいという思いは・・・」
「間違ってないよ」
「・・・・え?」
驚いて、女を見る。
「だって・・・。私はあんたのおかげでここにいる。こうしてあんたと話している。
アラー
私たちにとって神様は絶対で。不可侵なもの。それと等しくなろうなんて私には理解できない。」
「私は・・・そんな・・・」
「でもね。傷ついて。苦しんで。神ではないあんたに今あたしは救われてる。
あんたは神じゃないけど・・・。
―――私の全てを救ってくれた。
それじゃ駄目?」
―――駄目なんだ。
そう。理解されることは無い。
だってこの思いは異常だから。それでもそれは・・・。
俺にとって何よりも尊いものだから・・・。
「それじゃあ――駄目だ」
否定した。
女は目を大きく見開き・・・。
(そうだ。どこかへ。君のあるべき場所へ戻れ。)
とてもとても、悲しそうな顔をして。
(ここには何も無い。だから・・・)
―――涙した。
(え・・・・)
それは。自分の考えが理解されなかったことよりも・・・否定されたことよりも・・・。
ただ目の前にいる・・・俺のこと・・・を思って。流された涙だった。
「な、泣くな・・・!水分がもったいないだろ・・・!」
「ばかっ・・・!
グスッ・・・。だってあんた・・・かわいそうだよ・・・
神様になんか・・・なれるわけ無いじゃないか・・・!
あんたは・・・なれもしないものを・・・そんなに痛い思いをして・・・ずっと追っかけなくちゃ
いけないんじゃないかっ・・・!
やめちゃえっ・・・!あたしといっしょにいてよっ・・・!」
・・・子供のように嗚咽を上げて、ただ泣きじゃくる女。
『女の子は泣かせると損だからね・・・』か・・・親父・・・。
これじゃどうしようもないじゃないか・・・。俺には何も出来ない。
だから。
その昔。俺が悲しくて泣いたとき・・・親父がそうしてくれたように。
いつかの夜。くじけそうな心を支えてくれた誰かのように・・・。
女を抱きしめた。
「・・・・ッ・・・・。
あんた、卑怯だよっ・・・。私といられないくせに・・・優しくするっ・・・!」
「・・・・・・じゃあ泣き止んでくれ・・・」
もう困ったような顔で笑うしかない。
だが。それが女には・・・とても安心できるもののようで。
「泣き止まないよ。
だって・・・こうしてくれて・・・困っているあんたは・・・。
まだ、人間だもの。」
女は泣き腫らした目で一生懸命見つめてくる。
やがて目を閉じると。唇を寄せてきた。
「私は・・・・君の連れ合いにはなれない。
だから―――」
離そうとする体を女はしっかりと抱きしめる。
「それでもいい・・・私も・・・あんたとたぶん同じ。
孤独だから・・・。
だからあんたの温もりが。ほんの小さな気配りが。
優しくて・・・とても暖かかったんだ。
明日まで・・・明日まででいいの。一緒に・・・いてほしい」
唇が合わさる。
一方通行の切ない恋。
けれども・・・ただ一晩だけでも。二人はお互いの孤独を確かに埋められたのだった。
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決して折れない剣。変わらない意思。
それは周囲の人間にとってなんともどかしいのだろうか。
例えばそれは。
切り立った断崖絶壁に飛び込もうとする人間を止めること。
彼は死なないと思っている。それは彼の価値観の中だけのことで・・・
我々には彼の潰された死体の姿を想像するしかない。
一生懸命止めるだろう。それが親しい友人ならば体だって張るだろう。
けれど彼にはわからない。何故なら彼は死なないことを強く信じているから。
だから彼の思いが理解されることは・・・無い。
彼の世界は彼だけのもの
それゆえにその魔術は「存在」するのだ。