■コイムスビ-神様と一緒-
―――響7:お仕事



 ちゅんちゅん………ちゅん。



「ん………にゅ……。
 ………ふわ?」

 洞窟に差し込む柔らかい光に瞼を瞬かせる。
 聞こえるのは、のどかに歌う鳥の声と、穏やかな寝息。
 目を開けば、そこには大好きなかかさまのおっぱい。

「……あ、朝だ……」 

 眠い目を擦り、ふかふか藁の中から這い出す。
 身体についた藁を弾き飛ばすように、ふるふると身体を震わせると、気合一発、両頬を張る。

「つあーーっ! 目がさめたー!」

 寝起きから5秒で完全覚醒に至った意識は、一気にフルスロットルへ。
 さあ急がなくては!

「かかさまーーーー! 朝ですよーーー!」
「あむ……んんん……」
「起きなきゃ駄目ですよーーー!」

 嫌々をするように藁に顔を埋めるかかさま。
 なんというねぼすけさん! 焦る私は、その肩を激しく揺する。

「……んん……響ですか?
 なんですか……まだ早いですよ……?」
「駄目です! かかさま、お忘れですか!」
「何がです……もう」

 もう少し寝かせてと言わんばかりに顔を隠すかかさま。
 その様子に頬を膨らませると、私は口元に悪戯っぽい笑みを浮かべ、かかさまのおっぱいを鷲掴みにする。

「とやーーー!」
「あやっ! あやややや!?」
「もいじゃいますよーーー!」
「も、もう! なんなのですか響!」
「なんなのではありません!
 今日からかかさまが、山神様なのですよーーーー!」

 気合一発、叫ぶ私。
 そう、今日からしばらくは、私達にとって特別な日々。
 父様の居ない……母様と二人きりの日々なのです。




 ―――神無月。またの名を神在月。
 一年に一度、遥か西国出雲にて、神様が集って会議をする“神議り”が開かれる時節の事。
 その間、各神域において代表を務める護法や神格は、全て出雲へと赴くので、神域の管理は従属神や夫婦神が勤める事になる。
 つまりは、私やかかさまの事だ。

「そんな事は判っています……もう」
「あうー……」

 頭のたんこぶがとっても痛い。
 問答無用で拳骨を貰った私は、頬を膨らませたかかさまの前で正座をさせられていた。

「やる事自体に変わりは無いのですから、いつも通りでいれば良いのです」
「とは言われましても、響にとっては初めてですゆえ……」
「なればなおさら胸を掴んで起こすなどと、はしたない真似はお止しなさい!」
「う、うう……かかさまのおっぱいが悪いのです……」
「………ほう」
「わわわ、嘘です! 反省しております!」

 ゆらりと立ち上る怒気に気圧され、一目散に洞窟の外へ逃げ出す。
 かかさまは冗談が通じないのです、もう!
 洞窟を出ると、外は素晴らしき秋晴れ。空気も清浄に澄み渡り、なんとも気持ちの良い朝です。

「ぷききー」
「ぷきーー!」
「あはっ、みんなおはようー!」

 私の声を聞きつけたのか、近くの洞穴にすんでいる猪の兄弟が寄ってくる。
 挨拶をするように体を寄せ合う私と猪たち。

「今日からしばらくととさまが居ないけど、私がお山の平和を守るから安心してて!」
「ぷきー」
「ぷききー」
「大丈夫かって? 普段から鍛えられてるんだから、大丈夫!」

 満面の笑顔と力強い言質に安心したのか、嬉しそうに頬を寄せてくる猪たち。
 洞窟の外に出てきたかかさまは私達を見て優しく微笑む。

「それでは響、森の皆の事をお願いしますね」
「は。お出かけですかかかさま!」
「はい。
響もお役目、頑張るのですよ?」
「はい、それはもう!」
「ふふ、貴方は余り気負うと失敗しますから、根を詰めすぎないようにね」

 着物の袖口で口元を隠し、ころころと上品に微笑むと、かかさまは悠々とした足取りで“境界”へと向かってゆく。
 神域と、向こう側を繋ぐといわれる“境界地”へ―――。

「ぷきー?」
「うん? ははっ、ちょっと気になっただけ!
 さぁて、それじゃあ今日も元気に見回りに行こうか!」






コイムスビ-神様と一緒- 響その7。
父の居ない神無の月。
初めてのその時間を、幼い神は期待に胸躍らせて過ごす。




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