■コイムスビ-神様と一緒-
―――響17:お客様




 夢を見る。
 お山ではない風景。出てくるのは、古くてボロボロの小さなお家達。
 お家の周りでは、トンテンカントンテンカンと、硬いもので何かを叩く音がひっきりなしに続いていて、その音を聞くと、私は楽しい気分になります。

 その意味は判らないけれど、音に込められた想いは読み取れる。
 それは、再生の音。それは活力の音。
 この町を立派で、大きくて、新しいものに変えようとする、戦いの音でもあるのです―――。





「ふわ……」

 ちゅんちゅんと、小鳥の鳴く声で目が覚めた。
 お日様の光を見る限り、いつもと同じ時間に目が覚めたみたい。
 うーむ、どんなに疲れていても体内時計はばっちりだ。
 視線を上げると、隣にはすやすやと寝息を立てているかかさまのお顔。

「あ、かかさま。
 私のこと、運んでくれたのかな……」

 昨日はあるじさまのところで眠ったはずだから、寝た後に私を寝床まで運んで、一緒に眠ったのだろう。
 そのお顔には疲労が見えて、昨日の一件がどれほど大変だったのかを物語っている。
 疲れているのに、迷惑をかけてしまった。

「………今日は、いっぱい眠ってくださいね」

 音を立てないようにそっと寝床を抜け出すと、かかさまの肩にお布団をかける。
 今日は私が、かかさまの分まで頑張ってしまいますから!



 朝一番のお仕事は、当然の如く朝餉の支度。
 響たち猪の護法は、基本的に雑食だけど、
お肉よりはお野菜の方が好きなので、葉物や根菜が多くなる。
 響の大好物はなんといっても甘いあまぁ〜〜〜い、サツマイモ!

 このサツマイモという奴は元々このお山には無かった種らしいのだけど、南の方の山神様がととさまに栽培方法を教えてくれたらしい。
 ととさまの英知には尊敬を通り越して神がかったものを感じちゃう!
 サツマイモが無かったらきっと、甘さというものを知る事無く生涯を終えたことだろう。

 というわけで甘いサツマイモをモリモリと盛って完成。
 やあ、朝から豪勢で、きっとかかさまも褒めてくれるに違いありません!
 サツマイモさえあれば、にがい葉っぱなど必要ないのだ。 

「えへへ、かかさま、ごはん置いておきますよ〜」

 食卓にそっと配膳して、こっそりと洞を抜け出す。
 空は一面の快晴。
 暖かくて優しい陽気に、両手いっぱいのおイモ。これ以上は無いスタートだ。

「今日はいい事ありそうな予感!」

 おイモを頬張りながら胸をワクワクさせる。
 さて、何からやればいいかな……。
 と、そこで食べかけのおイモに手が止まる。

「あ、お客様がいるんだ」

 昨日はかかさまが付きっ切りで看病をしておられたようだけど……。
 もし目が覚めていたら、お腹がすいているに違いない。

「早速新たなお仕事が舞い込んできましたよ………!」

 これは料理人の腕の見せ所という奴だ。
 腕をブンブンと回し気合を入れると、パタパタと台所に取って返し、自慢の芋尽くしを作る。
 お客様だし、やっぱり贅を尽くさないと貧乏なお山だと思われてしまいますからね!
 そうしてやってきた清水の洞。
 禊をするって言っていたし、霊力の強い場所で魂を癒すって言っていたからきっとここだろう。

「おじゃましますよ〜………」

 騒がしくしないようにそろそろと歩いて中に入る。



 キィン―――。



 心を洗うような静謐な空気が、鼻腔いっぱいに溢れる。
 清水の洞はこのお山一番の清水が湧く、神域の中でも重要なところで、ととさまの話だとお山の霊脈、っていう場所の上にあるらしい。
 その為か、洞窟の空気はとっても澄んでいて、気の調和も良く取れていることが未熟な私にも判る。
 そんな風に澄み切っているものだから、勿論“そうではない”存在の気配なんか、容易に嗅ぎ取れてしまうわけで。

 ため池の前に敷かれた茣蓙の上に、三人の男の人が裸で横たわっていた。



「あ………あやや………」

 思わず息を飲む。こ、これは目のやり場に困るというか………。
 ととさま以外の男の人の裸を見たのは初めてというか、つ、慎みある女子はそのようなものじっと見てはいけないのです!

「お、おきてますか?
 み、見てませんよ〜………」

 視線を背けつつにじりにじりと水辺に寄る。
 うー、ご飯をもってきただけなのに、このような災厄に見舞われるとは、朝の予感は一体なんだったのだろうか。
 この先にいい事が待っているなんて、ありえないです主様!

「おきてますか〜〜〜………」

 とりあえず下のほうが目に入らないところまで来てまじまじと男の人たちを見つめる。


「………わ………」


 なんというか……傷だらけの裸、だった。
 縫合の跡も生々しく、大きい切り傷から小さい切り傷たくさんあるけれど、三人のうち、特に二人の身体に走る傷は……古くて、酷いものだった。
 場所を選ばず、生々しく走るたくさんの傷痕。
 切り傷の跡から激しい打撲で負った傷、ととさまの肩にあるような丸い傷痕と、枚挙に暇が無い。

「……酷い」

 どうしたら、こんなにたくさんの怪我を負う羽目になるのか、想像が付かなかった。
 普通に生きていたらこんなになるはずが無い。
 こんな傷を負わなければ生きていられないような場所で、この人たちは生きてきたんだ。

「………………」

 昨日の事が、頭に浮かぶ。
 死を賭す場所。戦場。
 人が死に、命が果てる場所。

 一回や二回では無いだろう。
 それこそ、何度も何度も、あんな死線を乗り越えなくちゃ、こんな傷をこさえるはずが無い。


「………すごい、人たちだ」


 それだけで、この人たちの心がどれだけ強いものなのか、想像できてしまった。
 強い人―――多くの誰かを守った、強い武人。
 きっと、名のある神様に違いない。

 思わず正座をして、居を正してしまう。
 他の神様に会うのは、これが初めてだ。
 ど、どうやってご挨拶したらいいかな。失礼じゃないように挨拶できるかな?
 緊張でぐるぐるし始めた意識に、お鼻から微妙な変化が伝えられる。

 それは、意識の覚醒を匂わすもの。
 眠った人が目覚める、兆候。


「あ………あやややや!」


 な、なんというタイミング!
 芋尽くしを傍において、姿勢を正す。
 起きそうなのは、一番手前の黒髪の人。三人の中で一番傷が多くて、逞しい人。

「あやややや………」

 どどど、どうしよう!
 頭真っ白、背筋ガクガク。
 何話して良いか、わかんないよう!



「んあ………」



 ゆっくりと開かれる瞼。持ち上がる端正な睫毛。
 あ、長い髪に隠れて判りにくいけど、この人美人さんだ。
 わ、わ、どどど、どうしよう!
 そんな要素今になって気付いたら余計どうしていいか判らない!
 彫像のように固まってしまった私の前で、黒髪の人が目を覚ます。



「………………お?」



 長い黒髪を顔に垂らし、首を捻って私を見つめる黒髪の人。
 その瞳が大きく見開かれ、頭のてっぺんから膝まで、私の事を見つめる。
 ななな、なんだか、なんだか………は、恥ずかしいですよ?



「………」



 そうして、無言時間。
 何か考えているのか、それきり動きの無い黒髪の人。
 勿論私は声も出せない。頭は真っ白、言葉なんか口に上らない。
 ああ、なんてかっこ悪さ。私はお客様をお迎えする人なのに、ご挨拶の一言も出す事が出来ない。
 うう………頑張れ私、頑張れ響!



「………あ、あの!」
「お……ちび………ず………れ」
「………へ?」



 あれ、今何か言った?
 わわ、なんと言う間の悪さ!

「す、すいません! もう一回!」

 緊張から大声で返してしまう私。
 その声にびっくりしたのか、口元を微妙に歪める黒髪の人。
 あ……笑われた。今笑われた、私っ!? ああああああ!

「ぷ、ぷきゅぅぅぅ………はぅぅぅぅ……」
「おちび……ちゃん……」
「は………?」

 ショックと混乱でぐちゃぐちゃな思考に、意味の判る言葉が届く。
 おちびちゃん?


「わ、わたし………ですか?」
「くっ………くくく………っ。
 ………ああ。
 みずを……くれって……言ったんだ。おちびちゃん」





コイムズビ-神様と一緒- 響その17。
初めてのお客様は、美人の逞しい人。




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