■コイムスビ-神様と一緒-
―――響15:人間




 時間でいえば、そんなには長くは無い。
 ご飯を食べるよりも、きっと短い時間だろう。
 上がる絶叫。吹き荒れる破壊。悪意と死の思念が乱舞する衝撃波の渦。 
 かかさまの背で、穢れたちとの戦いを感じ続けた時間。

 そんな長くは無かった時間なのに、すごくすごく考えた。
 ここは、命を賭す場所。
 私も、その場所にいる。
 死ぬ、場所にいる。
 その匂いを、リスの匂いを―――間近に感じながら考える。


 死んだら、どう思うんだろう、って。



 死ぬって事は、物言わぬ屍になるって事だ。
 自分の言葉も行動も、発する事が許されないって事。
 ととさまとかかさまが泣いてても、森のみんなが辛くても。
 何も出来なくて、何も伝えられないって事。

 ……そんなの、やだ。絶対に、いやだ。
 大事な人が辛い時。大事な人が寂しい時。
 何も出来なくなるなんて、嫌だ。
 そんな未練は………あまりにも辛すぎるから。


 その無念を、その怖さを、理解できた時。
 糸から伝わる……その“匂い”の意味が。
 ちゃんと、理解できた。






「―――呼んだ?」


 さらさらと音を立てて流れる、川のほとり。
 月の光が差しこみ、川面がほの明るく輝く幻想的な風景の中に、匂いの主たちはいた。

 見慣れない格好だ。体の形に合った着物に、足をすっぽりと覆う履物。
 でも、その着物は彼らの血でべっとりと汚れ、正確な意匠はわからない。

 凄惨な戦いだったのだろう、険しく歪んだ眉間。
 でも、その顔に浮かぶのは害意よりも、優しくて強い意志。

 ―――タスケ、たい。
 助けたいと。

 その為に、どれだけ傷つこうとも腕を振れ。
 守りきれなくなる事が、悔しい。
 そんな己に………ふざけるな、と。

 強く強く、死の定めに抗おうとした、頑強な意志。


「もう、大丈夫だよ」


 だから、優しく語りかける。
 もう、死ななくてもいいんだよ、と。

 その途端、前のめりに倒れる男の人。
 緊張の糸が切れたのか、意識を失ってしまったみたい。

「……ごめんね」

 そっと謝る。
 早く来られなくてごめん。
 苦しい思いを、たくさんさせてごめん。
 未熟な神様で、ごめんね、と。






 男の人たちの容態を調べるために、川裾に駆け寄る。
 とりあえずは倒れてしまった人から、と思い、手を伸ばした時、嫌な予感が脳裏に走った。
 穢れの中を駆け抜けた時に感じていた身の危険、というかなんと言うか………。

「………ええい、怖気づいたか!」

 ふるふると首を振り、弱気を吹き飛ばす。
 弱い響は死んだのです、ていや!


 バチチチチチッ!!!


「あんぎゃーーーーー!」

 血塗れの肌に手を触れた途端、走る猛烈な痛み。
 洞窟でかかさまの手に触れられた時。
 何かの飛沫が足にかかった時。
 あの時と同じ……ううん、それ以上の、身を切るような痛みだ。

「どうしましたか、響!」

 祓い残しを倒していたかかさまが、私の悲鳴を聞いて駆けつけてくる。

「か、かかさま………手がバチって………」



「………人間?」



 私たちを見下ろして、何故か呆然となさるかかさま。
 口を開いて、茫然自失。こんな表情のかかさま、見たことがない。

「かかさま?」
「………」
「かかさまっ!」
「あ………は、はい。
 大丈夫ですか?」

 私の声に正気に戻ったようだ。あれだけの戦いの後だ、疲れているのかな。

「ん………穢れに触れてしまったのですね」
「あや? 穢れじゃないですよ、この人の肌ですよ?」
「………ふむ。
 この人間、何か罪を犯しているようですね………」
「罪………?」

 先程も仰っていた言葉。
 穢れ………は、森の中で襲ってきた、赤い目の怖い奴……だと思うんだけど。
 でも、この人の肌は赤くて怖い奴じゃない。

「かかさまに任せなさい」
「は、はい」

 場所を譲り、後ろに下がる。
 かかさまは着物の裾を上品に纏め、しゃがみこむと、男の人に手を翳し、何事かを唱え始める。


“罪と言う罪は在らじと 祓え給え清め給う”………」


 すると、かかさまの手に穏やかな光が浮かび上がる。
 その手が男の人の肌に触れると、穏やかな光が彼の体を走り、険の厳しかった表情を緩ませる。

「ふわわ………」
「………はあ。
 さて、次です」

 倒れている二人のほうにも向かい、同じように言葉を唱えると、二人の表情も穏やかなものとなった。

「ふう………これで触れるようには」
「か、かかさま今のは?」
「説明したいのは山々ですが、この二人、そちらの人間より傷が深いですね。
 早々に手当てをしなければいけません」

 険しい表情で呟くかかさま。
 倒れている二人のほうは、なにやら深い切り傷が見受けられ、いまも出血をしているみたい。

「か、かかさまどうしましょう?」
「洞に運びましょう。禊も行えますし、傷口も縫えます」
「で、ですが、三人です」
「往復するしかありませんね………。
 かかさまが運びますから、響は洞に戻って禊と手当ての準備。
 忙しくなりますよ」
「は、はいっ」

 目を白黒させる私に苦笑すると、かかさまは傷の酷い人に大きな葉に被せて抱え上げ、地を蹴って走り出す。

 そうして、暗い森の中へと戻る私たち。
 でも、今度は先の見えない道行きじゃない。
 暖かい我が家へと、帰る道行―――。





コイムズビ-神様と一緒- 響その15。
波乱多き一日が終わった。
初めての客になる“人間”を連れて、お山へと帰る少女。





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