■コイムスビ-神様と一緒-
―――響13:穢れ




 緑の木々が月の明かりを反射して、私達の道行きを仄かに照らしだす。
 完全な闇に閉ざされていたのは入り口の周辺ぐらいで、それなりに進むと、樹木の壁の高い高い天上から、薄らと光が差し込んでいるのが見える。
 そのお陰で、境界地の風景が僅かながら目に入ります。

 群生する木々。あまりにも巨大な木々の根は、たくさんのトンネルを形成しており、歩いて通れる高さにあるものから、隣の木の根と結合して、凄い高さに歩道を作り出している根なんかもある。
 勿論木ばっかりじゃなく、お山で見ないような不思議な植物もたくさん生えていて、境界地の混沌具合に拍車をかけている。

「ふわー………」

 圧倒的な神秘に溜息が出る。と同時に、嫌な予感も頭を掠めます。
 境界地は木々が重なり合って作られた、天然の迷路です。
 行く私たちには追うべき赤い糸があるからいいけれど、帰りは大丈夫なんでしょーか………?

「あ、あの。かかさま、大丈夫ですよね?」
「何がです?」
「か、かかかか、かかさまぁ!
 冗談は嫌です嫌です嫌です!」
「くすくす。この辺りは大丈夫ですよ」
「こ、この辺り………」

 なにやら怖い一言が返ってきましたが、忘れる事にします。



 そんな風に会話をしながらも、私を抱えたかかさまの足は止まることなく、樹木の迷路を走っています。
 鼻に感じる感情の香りは、刻一刻と強さを失っていってる。
 私の焦りが伝わるんだろう。かかさまの足はひたすらに前へ前へと動き続ける。


 ………ケ………………ガレ………ェ………。
 ケ…………ガレェ…………ェ……。



「……?」

 その途上、何か声の様なものを聞いた私は、慌てて首をめぐらせる。

「な、なんでしょう今の?」
「………聞こえましたか。
 今のは、“穢れ”の声。不浄の魂が奏でる、怨嗟の祈りです」

 穢れ………? さっき聞いた気がする。
 ふじょうのたま、悪い魂、ってことかな?

「心が凍てつくような……寒々しい声ですね……」
「そう感じますか?」
「でも……。
 寂しいって、言っているようにも聞こえます……」
「………………」

 肩越しのかかさまの匂いが、柔らかくなる。
 でも、その匂いは温かいだけじゃなくて………ととさまのように、寂しさを含むもので。

「………かかさま?」
「響、“声”は?」
「は、はい。
 んん………近い。でも、もう激しい感情は……」
「………………」

 ……嫌な予感に、顔をしかめるわたしとかかさま。
 猶予は残されていないらしい。

「………かかさま、聞いてもいいですか」
「なんですか?」
「境界地には一体何があるのです?」

 “声”の主が危ない目にあっている、と感じた時から漠然と思っていたこと。
 境界地には、危険な何かがあるんだ。

「……そうですね。ここに入った以上貴方も知らねばなりません。
 境界地は、魂の通り道だという事はお話しましたね?」
「はい」
「その名の通り、ここには様々な魂が満ちています。
 穏やかで優しい良き魂から……それこそ、全てを焼き尽くす、強き魂まで」
「良い魂と……強い魂?」

 あれ………?
 良い魂と、“悪い”魂じゃないのかな?
 私の疑問に気付いたのか、かかさまはちょっとだけ申し訳なさそうに微笑んで、私の腰を弱く抱きます。

「……過ぎた強さは、清い魂を狂わせます。
 強すぎる想いは、穏やかな魂を苦しめます。
 そうなってしまった魂は………主様と、私たちにとっての毒となるのです」

 険しい表情になるかかさま。
 風に舞う空っぽの左袖を苦々しく見つめると、私の背を強く抱き、口を開く。


「直霊を歪め、魂を苦しめるもの。
 そうしてしまう働きを、私達はこう呼びます。
 ―――罪と、穢れ、と」




 ビュンッ―――バシャッ!




「―――!?」
「ひゃあっ!?」

 突如、木陰から飛来した何か。
 かかさまの右腕は即座に反応し、その“何か”を打ち落とす。
 上がる紫電、跳ねる何か。
 不定形のものだったのか。飛び散った飛沫が私の足に一滴落ちる。



 バチチッ!!!



「みぎゃああああ!!」

 いたたたたたたたっ!
 何か今すっごい痛かった!

「響、大丈夫ですか! ………………!」
「あ、はいっ………って」

 火傷をしたふくらはぎをすりすりしながら顔を上げて………気付く。
 かかさまの匂い。木々のざわめき。そして、周囲を取り巻く空気の質。
 その全てが、変わったことに。




《――――――ケガ………………レェ》




 声が、聞こえる。
 闇に覆われた森の中から、寒くて、痛い、身を凍えさせるような声が聞こえる。





《ケガレェェ………ケガレェェ………》





 ひとつ、ふたつ、みっつ。
 まるでカエルの合唱のように、寒い声は増えていく。
 隣に合わせるように、取り残されないように。
 小さな祈りは、増えていく。





《ケガレェェ………ケガ レェェェ………
 ケガ レレレセセ  レロロロェ  ォ》






 増える、増える、増える。
 声は数を増すほどに、強く深く、その色を増していく。

 ―――最初に。
 その声を聞いたときには、感じなかった感情。
 寂しいと、悲しいと。孤独が嫌だと嘆いていたその声は。





《ケガ ガガガ レ ロレロロサロロロルロ セロロロロロ ロ》





 その思いを、ぶつけるべき誰かを見つけ。
 その思いを、共有する誰かを見つけ―――。





《ケガ………………ガ ガガガガガ………


 ケガ   サセ    ロ


 ケガ サセロ


 ケガサセロ ケガサセロ ケガサセロ

 ケガサセロ ケガサセロ ケガサセロ ケガサセロケガサセロケガサセロケガサセロケガサセロケガサセロ


 ケガ サセ  ロ  オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ!!!!





 その牙を、剥いた。




 ――――――ゾワワッ!



 足の先から頭のてっぺんまで、虫が這い登るように走る、悪寒。


「………………ひ」


 息を飲む。
 私たちを囲む、幾十の………ううん、幾百の、赤く濁った瞳。
 ただ見るものを汚し、呪う、その視線に、肌が粟立つ。

 私の様子に気付いたのか。
 それは、それらは。

 ゲタゲタと。
 ゲヒゲヒと。
 ゲラゲラと。

 真っ赤な歯をむき出しにして―――一斉に口を開いた!




《ケガケガガガ ケガシタイィィィィィィィ!!

 ケガシタイケガシタイケガシタイケガシタイケガシタイケガシタイケガシタイケガシテソノカラダヲケガシタイケガシタイ! マッシロデムクナハダヲドスグロイヨクボウトイカリトサツイトゼツボウトナゲキトブベツトチジョクトオダクトケガレデケガシツクシタイィィィ! ハヒヒイイィィィヒヒヒィィヒヒィィケガシテケガシテゼツボウニユガマセタィィィィィイィィィ!!!》






コイムスビ-神様と一緒- 響その13。
穢れ。




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