■コイムスビ-神様と一緒-
―――響12:神通




 洞窟を飛び出た私は、届く匂いに鼻をひくつかせる。



“クソ………フザ………ル………!
 ………タスケ………………クッ………!!”



「………こっちかな……んん……こっち?」

 意識を集中し、手がかりを捉えるために必死になる。
 目も耳も閉じて匂いを拾おうとするが、あんまり意味は無いみたい。
 遠くから聞こえている……というよりも、これはなんというか……。

『糸………電話?』

 そう、糸電話。
 ととさまが葉っぱと糸を使って作ってくれた、アレに近い。
 微細な振動が何かを伝わって直接聞こえているような、そんな感覚。

 鼻に触れてみる。
 糸―――を意識したとたんに、かすかに感じる手ごたえ。
 繋がっている。私の体に何か………ピリピリする糸の様なものが繋がっている。

『どっち………?
 北東………境界地?』

 強く強く意識すると、闇夜の中でも存在を主張する赤い糸が。
 北東の森に向かって、道を真っ直ぐ伸びているのが見える。

「かかさまっ、“糸”が!」
「善し!」

 かかさまは右腕で私を肩に担ぎ上げると、私の視線を辿って走り出す。

「たいしたものです響! えらい!」
「ふええ、なにがですかぁ!?」
「帰ったらたくさん褒めてあげます!」

 風の無い夜なのに、ごうごうと空気の音が聞こえるぐらい凄まじい速さで駆けるかかさま。
 夜の風がびしばしと当たって、なんだか猛烈に寒いです!

 そうして、ぐんぐんと近づいてくる緑の………ううん、黒い天井。
 夜の神奈備はまるで、森というよりも一匹の巨大な怪物みたい。

「か、かかさまぁ!
 私、境界地にはいってもいいのですか!?」
「臆しましたか!」
「そそそそ、そんな滅相もありません!
 響はかかさまのお怒りの方がよほど怖いです!」
「いい度胸ですね」
「い、いやいやいや! 比較の問題ですよぉ!」

 そうして近づく森の入り口。よく見ると入り口なんか何処にもありません。
 というか、どう見ても壁にしか見えませんよ!?

「か、かかさま!
 入る隙間なんてどこにもないですよ!?」
「響は繊細ですね」
「そういう問題ですかー!?」

 森というか壁と化している入り口へ、風の様な速さで突っ込んでいくかかさま!

「ひゃああああ!」



「“罪と言う罪は在らじと

  祓え給え清め給う―――”」



 かかさまが何事かを呟くと同時に、がばっと口を開ける神奈備の森。
 その様はもう、何の比喩もなく単なる怪物のお口であり。

「ぎゃああああああああ!!
 たべられちゃううううう!!」

 あまりの怖さに、ちょっとおしっこちびってしまいました………。





 ズゴオオンッ!!!





 猛烈な衝撃を発し、背後で何かが閉じる音。
 周囲は完全な闇。一切合財なんにも見えません。

「か…………かかさまあああああ! どこですかぁぁぁぁぁ!」
「あなたを抱えているでしょうに。ほら、よしよし」
「かかさまあああああ! ぴぎゃあああああ!」

 何にも見えないので、かかさまの首にすがり付いてすんすんと匂いをかぐ。
 もう、これでもかっていうくらい優しい匂いが私を包んで、爆発しそうだった心臓が落ち着きを取り戻す。

「さて、少しは落ち着きましたか?」
「はうううう、はううううう………ぷきゅううぅ………」
「完全にうりぼうに戻っていますね、もう。
 私達は夜目は効きませんが、敏感な鼻があるのですから、それを使いなさい」
「は、鼻ですか?」

 すんすん。う、ちょっとおしっこの事思い出してへこむ。
 意識を集中して、くんくんと周囲の匂いをかぐと、ちょっとずつ辺りの風景が頭に浮かんできた。
 わ、何これ!?

「なななななな? 見えないけど見えますよ!?」
「え………もう体得したのですか!」
「なんですかこれわ!?」
「私たちに備わった“神通”です」
「神通……」

 才能……の事だったかな。
 私たち、という事はかかさまにも出来るのかな。

「興味深いですが、後にしましょう。
 響、まだ匂いますか? 視えていますか?」
「はい………んん、さっきより………感じにくいですがなんとか。
 んん……匂いが減ったような………」

 赤い糸に感覚を集中させる。
 きな臭さは感じるけど、感情は薄くしか捉えられず、血の匂いばかり。

「………拙いですね。
 しかし……何処かの遊行神? それにしては何故神奈備を通って……」
「かかさま?」
「いえ、とにかくその場まで急ぎましょう。
 方向を示せますか?」
「は、はい。お尻の向き変えますね。んしょ」

 かかさまの肩の上でもぞもぞと動いて方向転換。

「さて行きましょう! 急ぎませんと!」
「うふふ。早く帰って、響のおしめも代えねばなりませんからね」
「か、かかさまーーーーー!?」
「くすくす」

 そうして、深い闇の中を走り出すかかさま。
 さあ、急がなくっちゃ!





コイムスビ-神様と一緒- 響その12。
神通。神に通ずる力。
神通が示したのは夜の神奈備。幼き護法はその場所を目指しひた駆ける。





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