■コイムスビ-神様と一緒-
―――響11:異変




「妙な匂い……ですか?」


 夕餉の席で、私は昼間に感じた妙な匂いについて報告する。

「はい」
「変な表現ですね。妙とはどういうものなのです?」
「え、えと……妙としかいいようが無いのです」
「ふむ……霊妙、とかでしょうか」 
「れいみょー?」
「不思議であるとか、霊験奇しくもすばらしい様、とか、とにかく浮世離れした感覚を表現する語、ですね」
「不思議という意味ではそうですね!」


 不思議……うん、なんだかしっくりと来る。
 くちゃいとかあまいとか、そういうのとは確かに違う。
 不思議で……ちょっと怖い。そんな感じだ。


「ふむむ……四魂様が霊脈で遊んででもいるのでしょうか……」
「お山さまが?」
「ああ、本気にしては駄目ですよ? へそを曲げられますから」

 口元を覆い上品に微笑むかかさま。お山さまは悪戯好きらしい。

「報告ご苦労様です。
 響は神通が優れているからとても頼りになります」
「は、はい……? 神通とは?」
「霊的な特性が神に通じるという……いわば才能みたいなものです。
 響は敏感なのですよ」
「敏感ですか」
「ええ。かかさまはそちらがイマイチですから」

 そう言って溜息を吐くかかさま。
 むむ……しかしかかさまも地獄耳だと思われるのですが……。

「何か言いましたか?」
「ほら……い、いえ何も」

 そんな風にしてご飯を食べていますと、なにやら鼻がムズムズとしだしました。

「…………?」
「どうしました、響?」
「いえ、なにやらお鼻が……」

 くしくしと鼻を擦りますが、ムズムズは収まりません。
 でも、くしゃみが出るわけでもないというか、なんだかむずむず、あーもう!って感じです。

「んんんー……」
「風邪でしょうか……こちらにきなさい」
「あ、はい」
「ほら、お膝」
「はぁぁい!」

 ぽんぽんと膝を叩いて私を呼ぶかかさま。
 嬉しくって飛び込んでしまう私。
 えへへ、柔らかくて暖かい。かかさまのすべすべおててがお鼻に近づいてくる。
 かかさまの手はほんと素敵で、もう触られるだけで……。



 バチチッ!!



「ぎゃわーーーっ!?」
「―――っ!?」


 私の鼻にかかさまの手が触れた途端、叩かれたのかと思ったほど鋭い痛みが走る。

「いたたたたたーーーー!」
「―――今のは」
「かかひゃま、ひどひでふよぅ!
 そういう悪戯は無しにしてくださいませ!」
「響、ムズムズは?」
「は?
 あ、いえ、しておりますけども」

 濃い緑の匂いとか……緑?
 え、なにかきな臭いし、激しかったり苦しかったり……なにこれ?

「んん……これって」

 ととさまやかかさまと話したり怒られたりするときに感じる、かすかな匂い。
 その匂いを数倍にしたような、強くて激しい匂いが、鼻腔に溢れてる。


 これって……感情の匂いだ。


「なにやら……えと、感情の様なものが……」
「……っ!
 どんなものだか、判りますか?」
「は………。
 えと………フザケ、とか、チクショー、とか、タスケ、とか………。
 他には、んん……血、血の匂い……?」
「“穢れ”から、何処かに感応したと………?
 響、それは未だ感じているのですね?」
「はい」

 かかさまのお顔が真剣味を帯びる。
 その気配を察し、なにかよくない事が起きているのだと私も理解する。

「かかさま! よもや、助けを求めている人が!?」
「ええ、何者かの意思を、貴方だけが感知出来るようですね。
 響、その匂いの場所まで案内できますか?」

 ぐっと詰まる。
 安請け合いできない事態だというのは、かかさまのお顔をみれば判る。
 私に出来るか、出来ないか。……ううん!


 誰かが苦しんでる。
 誰かが困っている。
 だったら、考える事なんか無い。



 ―――やるだけだ!



「やります!」
「いい返事です。
 案内しなさい、猪神響。神域代行の命です」
「心得ました!」

 胸の中に湧き上がる興奮。
 心を占めるのは、かかさまに頼られたという誇り。
 でも、いまはそれを噛み締めている場合じゃない。
 今、出来ることを、全力で!

「さあ行きますよ」
「はいっ!」





コイムスビ-神様と一緒- 響11。
異変。平和で穏やかな日々が続いていた神域。
だが、その清浄に忍び寄る影。





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