■コイムスビ-神様と一緒-
―――響10:妙な匂い



「…………」

 山頂近くの林の中で、静かに手を合わせて黙祷をする私。
 傍らにいる猪の子も神妙そうに頭を下げている。

 私達の前にあるのは小さなお墓。森の奥、キツネにでもやられたのか、リスの子が小さくなって死んでいた。
 その子の亡骸を土に埋めて、小さな墓を作って弔ってあげたのだ。

 こういうのは、見回りのお仕事をしていれば初めてのことじゃない。
 みんな生きるために必死だ。だから食べて食べられては当たり前。
 でも……死んでしまって、辛くない子はいないよね。

「………………」

 死を知らない私には、その痛みを分かち合う事は出来ない。
 だから……。

「あるじさまのところで……幸せになるんだよ」

 せめて、祈ろう。
 苦しい痛みが、癒されますように。
 この子の魂が、優しく導かれますように。

「………?」

 その瞬間、お墓から何かが立ち上ったように思えて空を見上げる。
 お空は一面の快晴。まっさらなお天気。
 そこには何も見当たらない。けれど………リスの魂があるじさまのとこに向かったんだって、なんとなく思えたから。

「……ばいばい!」
「ぷき?」
「うん………いこうか!」
「ぷきー!」

 お空に向かって軽く手を振ると、私は猪と一緒に見回りへと戻った。





 かかさまと二人きりの生活も二日目。
 ととさまの大きくて暖かい気が無いせいか、お山はちょっぴり静かだけど、特に問題もなく回っていると思う。
 私はといえば、いつもつけてもらえる訓練が無いせいか、ちょっぴり鈍り気味です。


「えいやっ! そいやっ!」

 なので、川原で自主鍛錬中。
 ととさまとの訓練で培った、猪神の戦い方、という奴を反復しています。

 中身はというと、こう、ひたすら体当たりというか、体当たりの“イメージ”というか。
 ととさまのお言葉だと、

『我らは獣、武器取り戦うものでは無い。
 我らの本質は、我ら自身を如何に研ぎ澄ませるかにある。
 己に耳を傾けよ。猪として、強い自分をイメージせよ。
 自己を正しく認識し、その姿を強く想像できた時、お前の身体に“神威”は宿るだろう』

 ………と、ちょっと難しく言っておられました。
 ととさまのお話は理屈ぽいというか、少々くどいので、お馬鹿な響には判りにくいのです。
 なので、こう、訓練中にととさまが見せる動きの様なものを真似して、鍛錬をしているというわけです。


「………うーん………何か違うなぁ………」

 組手ではない訓練はどうも無意味な事をしているような気がして、岩の上での瞑想に切り替える。
 ととさまはもっと、気迫があるというか、なにか、ととさまの体以上のものを揮っているというか。

 とにかく、ととさまに勝てる気がしない。まあ勝てないんだけど、そういう意味じゃなくて……うーん。
 いや、攻撃を当てるだけなら出来る。だけど効かないと言うか、自分にとって無害なものは無視して、響の急所を確実に打ちに来るというか。
 ああこられてしまうと、どう攻めていいのか判らない。
 だって、響のパンチはととさまに有効じゃないのに、父様の攻撃で響は一発でやられちゃう。
 それじゃあ、負けだ。というかいつもボコボコなのです。

「何が違うんだろうな………。ととさまはもっと“判ってる”っていうか……」

 技術とかそういう問題じゃなくて、もっと根本的な部分でどうすれば勝てるっていう事に、迷いが無いというか。
 経験とかなのかなぁ……うう、確かに未熟だけれども……。


「…………ん?」


 その時、何か妙な匂いを嗅いだような気がして、顔を上げる。

「くんくん」

 なんだろ、この匂い。
 凄く近いけど、凄く遠いというか、そんな場所から、なんというか……妙な匂い。
 くんくんすぴすぴと鼻を動かしていると、妙な匂いはだんだん遠ざかり……消えた。

「???」

 鼻にしっかりと残る、妙な匂い。
 こんなの初めてだ。なんとも言いようの無い感覚に首を傾げる。

「ま、いっか。
 ほらいくよ」
「ぷきー」

 勢いをつけて岩から立ち上がると、傍らで寝ていた猪に声をかける。
 川原で顔を洗って、さてもう一回り頑張ろうと踵を返したところで……気付いた。


「あ、リスさんの匂いだこれ」


 お空に上っていった、リスさんの感じ。
 あの“匂い”に、とっても近かったような気がした。



コイムスビ-神様と一緒- 響その10。
妙な匂い。





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