■コイムスビ-神様と一緒-
―――響9:かかさまといっしょ



「ただいま、響」
「おかえりなさい、かかさま!」

 洞で文字の勉強をしていた私は、入り口からかかる声に喜びの声を上げる。
 ニコニコ笑顔でかかさまの胸にダイブ!

「あ、あのっ、お仕事どうでしたか?」
「一年ぶりですから少々大変でしたが、滞りなく済みましたよ」
「あはっ、良かったです!」

 見上げたかかさまの表情に疲労の色は見えず、安心してその胸に顔をうずめる。

「なんですか。もう、甘えて……。
 粗相でもしたのですか?」
「ち、違いますよ! そ、その………」
「なんですか?」
「ちょ、ちょっと心配だったのです………」

 ちょっぴり恥ずかしくて、顔が見えなくなるまで胸に顔をうずめる。
 だって、きっと大変なお仕事だから、危ない物だって思って。

「………も、もう………。
 響………!」
「あ、あやややっ!?」

 と、思っていたら私の背を思いっきり抱きしめる、かかさまの右手。
 その猛烈な腕力に肺の空気がすっからかん!

「ぎゃーー! く、苦しいですよかかさま!」
「猛さまは何時もこのような気持ちなのでしょうか………!」
「か、かかさまーーー!?」

 それからしばらく、私のギブアップが届くまで、親子の抱擁は続いたのでした………。




「………うう、かかさまは自らを見失う分、ととさまより性質が悪いです………」
「うふふ、ごめんなさいね」

 ばつが悪そうな苦笑いを浮かべ、響の膳におかずを分けるかかさま。
 かかさまが一番好きなたけのこをくれたので、許してあげます!

「それじゃあお祈りをして、夕餉にしましょうか。
 ……お空に居ます主様、山のたましい四魂様。卓に並んだ全ての魂よ。
 今日もわたくし達を生かしていただき、ありがとうございます」
「あるじさま、四魂さま、今日のご飯たち。ありがとうございます!」
「はい、良く出来ました。
 それでは、いただきます」
「いただきます!」

 あるじさまとお山の神様、ご飯たちにお祈りを済ませ、箸を取る私とかかさま。
 あ、お山の神様というのはととさまのことではなくって。
 ととさまは正確には護法で、霊山管理を任せられている神職の様なものだと聞いています。
 お山の神様はその名の通り、お山そのものの霊格で、私たち生き物と同じように、一霊四魂の霊力を持つ御魂。
 万物八百万、すべからく魂あり、って言って、お山さまもとっても偉大な神様なのですよ。

「はむはむ……今日もかかさまのお料理は美味しいですねぇ!」
「うふふ、響の笑顔もとっても素敵ですね。作り甲斐があるというものです」
「えへへ〜。
 でもお夕飯、ととさまが居ないと寂しいですね……」

 粟粥を口に運びながら、いつもはととさまが座る場所を眺める。
 ととさまはお食事時は寡黙で、お喋りはしない性質です。
 ですが、私たちを優しく見守ってくれるので、ととさまがいるだけで場が和やかになるのです。

「ふふ、猛様の魅力を再認識しましたか?」
「はい……。とても寂しいです……」
「うふふ……。では、今日の夜は子守唄代わりに猛様のお話をしてあげましょうか」
「わわ! ホントですか!?」
「ええ。猛様がいると話せませんからね。地獄耳ですから」

 ころころとお笑いになると、かかさまはなんだか幸せそうに微笑む。
 そんなかかさまを見ると、私もにこにこ笑顔になってしまう。
 夫婦ってとっても素敵。私もお二人の様な素敵な結婚が出来たらいいな。




 お夕飯が終わると、あるじさまへのお祈り。
 神様との交信は清浄でなければ届かないので、洞の湧き水を使って禊をしてからお祈りに臨む。
 この湧き水がもう、本当に冷たくってこの時期はひじょーにしんどい。

「へくちっ!」
「あら、可愛いくしゃみ。大丈夫ですか?」
「かかさまも昔はお祈りをしていたのですよね……。
 かような事を何年も続けていらしたとは、本当に尊敬ですよ……」
「かかさまでも辛いものは辛いですよ」

 苦笑を浮かべるかかさま。
 その言葉にびっくりしてしまう。

「かかさまでも弱音を吐かれる事があるのですね……!」
「嘘を吐いてどうなるというのです」
「むむ、ですか?」
「かかさまが“余裕でしたよ”とでも言ったら貴方の事、風邪を引くまで禊をするでしょう?」

 う、そこまでやるかは判らないけど、むきにはなるような気がします。

「そうですか……かかさまでも辛かったですか」
「うふふ、よく焔に馬鹿にされたものでしたね……。
 この一芸馬鹿が、堪え性を身に付けぃ、とか」
「ほむら?」
「ん? ふふ、かかさまの……そうですね、悪友です」
「あくゆう、ですか」
「はい、かかさまも若い頃はぶいぶい言わせていたのですよ?」

 そう言ってくすくすと上品に笑うかかさま。
 ぶいぶい……ちょっと想像がつきません。

「焔の影響も多分にあったと思いますが……うふふ、なつかしいなぁ……。
 ………響にもいつか、素敵な友達が出来るのかしらね」
「友達……」
「ええ。笑ったり悩んだり、いろんな事を話し合える、お友達」

 友達………。
 私と猪たちみたいな関係なのかな?

「私にも出来るでしょうか?」
「ええ、出来ますとも。こんなにチャーミングな子が放っておかれるわけありません」
「ちゃ、ちゃーみんぐ?」
「魅力的って事ですよ」

 あ、あやや。
 恥ずかしくてほっぺたを押さえてしまう。

「………ええ。
 きっと出来ます」
「そ、そうですかね?」
「はい。かかさまが嘘をついたことがありますか?」
「はっ、そういえば無いです!」
「でしょう? だから、その時が来たら、好きな人が出来たら、迷わずに行くのですよ?」
「は、はいっ!」

 友達、ともだちかぁ………。
 頬を抑えてニコニコしてしまう私。うう、とっても楽しみ!

 もっと話を聞きたいと見つめたかかさまのお顔は、優しくって、とっても幸せそうなお顔。
 あれ、でも……。

「……かかさま?」
「うん? なんですか、響」
「い、いえ! なんでもありません!」

 慌てて視線を逸らす私。
 でも、何故だか……。
 その視線がととさまと同じように、少し寂しいものに感じてしまったのは……体が冷えていたからなのかな。





コイムスビ-神様と一緒- 響その9。
母と二人きりの夜。ととさまがいない夜は寂しいけれど。
その代わり、優しいかかさまと過ごす時間は、なんだかいつもよりほんわり優しく。




back next