―――体は剣で出来ている。

―――今はもう、数十年という昔の事。
ロンドン、聖燭節の時期。
天高く昇る冬の日差しが、教会を強く照らし
アルトリアと魔術師が立つ庭を、影で覆い尽くす。
「いやいや。それを手に取る前に、きちんと考えたほうがいい」
岩に突き刺さる剣、
アルトリアの後ろに現れた魔術師は
それを制止するように声をかけてきた。
「それは王たるものの剣。
王となりこの国と共に生き、滅ぶものの剣。
いいか、娘さん良くお聞きなさい。
それを手にしたが最後、君は人間ではなくなるよ」
魔術師はおどけたような口調だったが、その金色の瞳は
恐ろしげに歪んでいて、まるでアルトリアを脅しているかのようだった。
けれどもアルトリアの決心は揺らぐ様子がない。
それを見て取ったのか、魔術師は少しだけ寂しそうに苦笑すると
アルトリアの目を真正面から見つめる。
すると彼女の脳裏に見たことの無い光景が次々と浮かんできた。
戦場を駆ける騎士達、彼らを支える乙女達、そして様々な冒険譚。
それらはとても華々しく、希望に満ちており、アルトリアの目を楽しませる。
だが。
移ろい行く光景の、最後に映しだされた戦場―――。
それは少女の想像を絶する、地獄絵図だった。
そこには一片の希望も無く
そこには一片の未来も無い。
なぜなら。
その地獄の上で金色に光る美しい剣を持って立ちすくむ姿こそ
アルトリア自身の、死に瀕した姿に他ならないからだ。
少女は恐怖の為、身を震わせた。
アルトリアは未だ15に届くか届かないかという少女だ。
己が凄惨な未来の姿を見せ付けられて恐ろしくないわけが無い。
魔術師は、そんなアルトリアの姿を見て少しだけ悲しそうに微笑むと、
「それでもいいのだよ」
と短く呟いた。
だが、少女は。
「―――いいえ」
そう、首を振って答える。
身を覆う震えは未だに止まない。
それでも少女は確かな、決意溢れる瞳で魔術師を見つめる。
「流れてゆく幻視の中で、悲しいこと、恐ろしいことはたしかにありました。
けれども―――」
続く少女の『その』言葉に
魔術師はとても嬉しく、また寂しくもある微笑を浮かべた。
「―――奇跡には代償が必要だ。
君は、その一番大切なものを引き換えにするだろう」
予言じみたその言葉に惑う事無く、少女は
選定の剣の突き刺さる岩の台座へと歩き出す。
美しい柄にかけられた両の手は
少女の手ではなく戦士の手。
目指してきた夢だから。
ためらう理由などどこにも無かった。
光輝溢れる選定の剣は、その刀身からあふれ出る光で
少女を―――否、王を祝福する。
その日、ブリテンに一人の王が生まれた。
進む 戻る
常世の国アヴァロンその2。
遥か昔、まだ王がただの少女であった頃。
少女には選ぶべきいくつかの道があった。
魔術師も、かのウーサー王に願われてアルトリアという『王』を生み出した。
魔術師自身も望んだことだ。後悔しているわけではない。
だが―――。
女として生まれ、戦うことが義務ではない
華のある身である少女が……。
破滅の道へと歩んでいくその行く末が不憫でならなかった。
ただの少女であることを望むか。
王として生きることを望むか。
それは少女の前に置かれた最初にして最後の選択肢。
だが少女は王である事を選んだ。
夢見た理想、大切な思いを、
かなえるために。
そう。
―――それは、覚悟の上だったはずだ
王はその光景を追憶する。
けれども。
長い戦いの果て、”少女”の中にあった
『その』思いは。
理想と現実の狭間で擦り切れ落ちて―――
真っ直ぐ向き合うことが、出来なくなってしまった。
私は、その理想の体現者足りえたのか―――?