夢の待つ場所へ


「あの、すみません」
「―――ん?」
中庭の噴水でダージリン片手に物思いにふけっていたバゼットは
突然かけられた声に顔を上げる。
大きなボストンバックを二つも抱えた少年と、金髪の少女。
そして赤いコートの少女の三人組み。
声をかけてきたのはコートの少女である。
「少しお時間は宜しいでしょうか」
三人とも見慣れない顔である。赤い少女の態度は堂々としたものだが
連れの少年の挙措はまるっきり”おのぼりさん”のそれである。
抱えた大きなバックを持て余しながら、しきりに少女の様子を窺っていた。
「ふむ、個室棟ならば別方向だぞ」
「え?」
少し驚く少女。
「付いて来い。案内してやろう」
おろおろする少年に苦笑しながら立ち上がったバゼットは
三人を先導するように建物の中へと入ってゆく。
「あの、なんで判って……」
小走りについてきた少女は疑問顔でバゼットに訊ねる。
「あの渡り廊下の先には牢獄しかないからな。
学生用の寄宿舎はそもそも本棟には存在しないし
君はそこまで思慮が足りないようには見えない。
まあそれ以前に
そちらの少年を見れば何処に行きたいのか一目瞭然だが」
バゼットが苦笑すると、少女は真っ赤になって少年を睨みつける。
少年はそ知らぬ顔で口笛を吹き始めた。
「ここに来るのは初めてかね?」
「いえ、父の付き添いで何度か。今回は正式な手順を踏んでの
留学、という形です」
ちらりと見た少女はまだ二十歳にも届かない若さだった。
「ふむ、若き才媛、というところかな」
「いえいえ〜。ここにはもっと若い人もいるでしょうし」
謙遜しつつも否定はしないあたり、なかなかの自信家のようだ。
「ふふ、そちらの二人もそうかね?」
「いえ、こっちのはただの弟子です。女の子は助手」
自分の話題が出たのを察して、軽く会釈をして笑う少年と少女。
なんとも気持ちのいい快活な笑顔だった。
「ふむ……。
一つ、聞いてもいいかな」
「? なんでしょう?」
「君は……彼らと共に暮らすのだろう?
……”ここ”で、良かったのかね?」
魔術協会―――で。
「え……?」
赤い少女は突然の問いに意表を突かれた様で、立ち止まって黙り込む。
だが、それはほんの刹那の事。
すぐに笑顔を取り戻して、言う。

「はい」

それは、バゼットの”含んだ事”など、全て覚悟した上で浮かべる
強い笑みだった。
苦境など物ともしない。
何もかも背負ってなお突き進む、強い意志をこめた笑み。

その笑顔を見て……なんとなく。
バゼットは両耳のピアスに触れた。

「………?
………え………?」
バゼットのその仕草に何か気付いたのか。
少女は驚いたように目を見開く。
「あ、あの………。そのピアス………」
「……………ん?
これがどうかしたのかな」
「あ………いえ。奇麗だな……と思って」
ルーン石のピアス。純度の高い魔力結晶であるこれは
単体でも強い魔力を有する。
「ふふ、すまんがコレはやれんよ」
「あっ、ち、違います!そういうんじゃなくて……」
「遠坂……初対面の人だぞ……」
「リン、貨幣ばかりが全てではありませんよ」
「ち、違うって言ってるでしょ!」
慌てて手を振る少女。それでも、少女の視線はピアスから外れない。
懐かしいものを見るような、そんな目。
「………ふむ。
コレは……私の友人のものでね」
「…………友人、ですか」
「………ああ。遠くに行ってしまった、友人のものだ。
途方も無く遠い場所らしくてね。……探し当てる為に必要なものなんだ。
だからコレは、その友人へと続く道標、とも言えるかな」
「……道標?」
首をかしげる少女。
「………ああ。道標だ。
君も、ここに何か目指すべきモノがあってきたのだろう?
コレは私にとって、ここにいる理由……そのものだ」


既に、魔術師狩りでも、高位のルーン術師でもないバゼット。
左腕と共に多くのものを失った。
それでも。目指すべき場所は変わらない。
―――これは。ここから始める為の、道標。
貴方の場所へと繋がる、ただ一つの絆。


「……私の夢……とも言える……かな」
ぽかんと。
物思いに耽るバゼットを見る三人。
「………っ。す、すまない。忘れてくれ」
それに気が付いたバゼットは顔を赤くして歩みをすすめる。

「あの!」
赤い少女は首から下げた、大きな宝石付きのペンダントを
強く握り締めて、声をかけてきた。
「………ん?」
足を止めて振り返るバゼット。
赤い少女は笑顔を浮かべて言う。

「その人に……再会できるといいですね」

それは、まるで懐かしい友人に対する笑顔のよう。
照れくさくなったのか、少女は顔を伏せてしまった。
「………………ふ」
バゼットもおかしくなって笑う。


『ああ、必ず会いに行くさ。
何年かかるかわからない。
それでも………必ず、そこへたどり着こう。
貴方に言いたい言葉が………出来てしまったからな』


―――夢へ続く旅は、まだ始まったばかり。
その場所へと通じる風を受けながら……。
バゼットは歩き出した。




バゼット・ランサー編エピローグ2。ED。
一つの物語が終わろうとも
人生という長い物語は
まだまだ続くのだから。

―――目指すは、常しえの国、ティルナ・ノーグ。
夕日の向こうへ続く旅へと……
バゼットは歩き始めた。