■コイムスビ-神様と一緒-
■響24:禊



 古くてきしきしと鳴る板の床。
 畳も敷いていないボロボロの長屋にその人は住んでいます。
 物珍しいどころか、怖い目を向けられちゃうから。おっきな帽子をかぶって路地を行く。

「■、■■●■●■!」

 長屋の路地で遊んでるタエが声をかけてくる。
 明るくって健気で、弟さん思いの優しい子。言葉は通じないけれど、私の大切なお友達。

「こんにちは、タエ!」

 元気に挨拶して、親愛のハグ。
 ちょっとびっくりして、体を硬くするタエだけど、しょうがないなって感じでわたしの背中をぽんぽんと叩く。
 うふふ、タエを困らせるのって嬉しくて楽しいんだ。

「うおら、おちび。
 一人でくんなって言ってんだろ」

 頭の上から精悍な声。
 見上げると、ちょっとだらしない美人顔。

「遊びに来たよ、ヒョエ!」
「ひょえじゃなくて兵衛だ、アナ」

 半眼で頭をかくヒョエ。顔を見合わせて笑う私とタエ。
 ヒョエも困らせると楽しいんだよね―――。





「ふややややや………」

 眠い目を擦って起き上がる。
 ちょっと疲れた感じ。夢を見ていたみたい。
 なんだろう、なんだか見覚えの無い肌触りの夢。
 私では無い、誰かが見ているような………そんな夢。

「ふわー………わかんないや」

 ここのところ、考えると頭を叩かれてばかりだから、考えるのやなのです。

「かかさま、あさですよ………あれ?」

 隣を見るとかかさまがいない。
 昨夜は一緒に床に入ったと思ったんだけど………。
 もう起きたんだろうか。昨日の事もあり、ちょっと寂しい。

「……今日も頑張ろう」

 頬を叩いて素早く起床。
 さあて、今日は一本取るぞー!




 清水の洞に行くと、兵衛が池の前で瞑想をしていた。
 その雰囲気に、ちょっと息を飲む。静謐というか霊験というか……なんだか、別の人みたい。

「……ひょえー?」
「……ん。
 ひょえーじゃねえ、兵衛だ」

 振り向くといつものニヤニヤ顔。
 美人なのにこれで人相悪くなってるなーと思いつつ、兵衛の傍に近寄る。

「なにしてたの?」
「禊に鎮魂法……ってもわかんねえか」
「うえ?
 ひょえーって神職なの?」
「はあ? わかんのかお前」
「ちんこんほーってのは判らないけれど、禊はととさまやかかさまもやるよ」

 死んでしまった魂を慰める時や、怪我や病気で苦しんでもうどうしようもなくなった動物にトドメをさした時にやっていたお祈りだ。
 ととさまは罪と向き合う儀式なのだ、と言っていた。

「例のバチバチ、もしかしたら俺が原因かもなって思ってね」
「原因?」
「………ああ、昔似たような事があった」
「……………。
 ひょえー、罪を犯した事があるの?」
「んあ?
 ………罪を犯した事のねえ人間なんてこの世にはいねえだろ」

 そう言って苦笑する兵衛。
 罪を犯した事の無いニンゲンは、この世にいない………。

「罪を犯すと苦しくなるんだよ」
「は? なんだよ突然」
「だって、ひょえー普段は苦しいって感じしないし。
 罪を犯してたんならもっと大変なんだよ?」

 神様は罪を犯すと苦しくて痛くなる。
 私たちは人を守る強い力を持つ代わりに、その罪を“許し”、背負わなくちゃいけない。
 神様は綺麗である故に果てしなく強い力を揮えるから、罪を背負うとその力を弱めてしまう。
 そして、力は命そのもの。私達にとって、あらゆる罪は毒になる。

 私は自分自身が苦しいほどの罪を背負った事が無いから判らないけれど、昔シカさんを殺したととさまは、本当に辛そうで苦しい………そんな感じだった。

「なかなか深い事言うじゃねえか……。
 ………そうさな、もっと大変だろう」
「でも、ひょえーは苦しそうじゃないよ?
 だから、罪のせいじゃないよ」



「………………」



 兵衛は私の言葉を聞くと、深刻そうな顔をして俯いてしまう。
 その顔を見た途端……私の胸がズキリと痛くなる。

「あ………。
 ひょえー、わ、私、酷いこと言ったっ?」
「いいや。そう見えたのなら………そうなんだろう。
 だったら例のバチバチは俺のせいじゃねえな!」

 かかかと笑う兵衛。
 とっても明るい笑顔なのに……私の胸はさっきよりも痛くなる。

「ひょえー……ごめんね」
「あ?
 な、なんだよ。謝る事じゃねえぞ」
「ひょえー、全然平気そうじゃないから……」
「………っ。
 あー………」

 ばつが悪そうに頬をかく兵衛。
 私の頭に手を伸ばしかけて、慌てて気付いたように手を下ろすと、床を見て何かに気付く。


 ぺちっ。


「あやっ?」
「許した」

 顔を上げると、私の頭に枝切れを乗せて、仏頂面の兵衛がいた。

「あやや?」
「あややじゃねえよ。許したっつったんだ」
「ほ、ほんと?」
「ああ。ま、榊の枝の代わりってわけじゃねえが。
 祓い給え清め給え………ってね」

 そう言ってけけけと笑う兵衛。
 その笑顔は、いつも通りのニヤニヤ笑顔だった。

「ほれ、神職様に礼をするがよい」
「は、ははー。ありがとうございますっ!」
「くるしゅうないぜ。かっかっか」

 本当に神職なのかな?といぶかみつつ、私も笑う。
 あはっ、謝っただけなのに、なんか嬉しくて、ちょっと幸せ!



 気付くと、胸の痛みは何処かに消えていた。





コイムスビ-神様と一緒- 響24。
禊祓い。
ごめんねは、ちょっぴり苦しくて、いっぱい嬉しい。



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