■コイムスビ-神様と一緒-
■響22:光より早く



 バチコーン!


「いたーーーーーーーい!!」

 夕焼けに悲鳴が木霊する。
 悲鳴は悔しながら私のもの。本日十五回目の真っ向一本。バンザイして後ろに倒れてしまう。

「お前学ばねえんだなぁ………」

 杖によっかかりつつ呆れたように溜息をつく兵衛。
 まるで私がお馬鹿みたいな言い草だ。

「お馬鹿じゃないー!」
「いや馬鹿とは言ってねえけどよ。
 ただそんなに直撃貰ってるとその内本気で馬鹿になるぜ」

 そう言ってケケケと薄ら笑い。
 うぐぐ、大変むかつく。何がむかつくってそれが事実っぽいところがむかつく!

「考えすぎとはいったが、考えるなとは言ってねえぞ響坊。
 悪かったら何が悪かったのか、ちっとは想定しろ」
「そんなにごちゃごちゃ色々言われても一気にできないんですーーー!」
「子供かお前は。いや、子供か」
「うぐぐ、子供だけどなんかむかつく………」

 なんでか兵衛の言う事はいちいち頭にきます。

「ひょえーだって子供くさいくせにー!」
「ひょえーじゃねえ、兵衛だ響坊。
 おらっ、無駄口たたくんじゃねえ!」
「いたいーーー! 女の子には優しくしなさいとか習わなかったんですかー!」
「あん? フェミニズム勘違いして、なよなよほざいてる公家野郎は死んだ方が良いと思ってます、ハイ」
「いみわかんない………」
「要するにガキだろうが女だろうが容赦しねえって事だ―――!」
「ぎゃぴー! 暴力反対ー!」

 的確に打ち込まれてくる兵衛の枝切れにぼこぼこにされる私。
 恐ろしいのは、兵衛の攻撃には打ちもらしが無いということ!
 振った分全部当ててくるのだ。その腕たるや尋常なものじゃない。
 言っちゃうと兵衛の攻撃を全く防御できて無いって事になるんだけど……いくらなんでもこんなのありえない!

「ひょえー、私の心よめてるんでしょー!
 じゃないとこんなのおかしい!」
「自分の未熟棚に上げてアホか。ほれほれ!」
「いたいいたいーーー! うぎーー」

 もう頭痛くって抵抗の気力も湧かない!
 地面に転がって丸くなる。

「うううーぐすんぐすん」
「根性ねえなぁ……ふいー」

 荒い息を吐いて兵衛も腰を降ろす。
 相変わらず本調子には程遠いらしい。

「今日はこのくらいで勘弁してやらぁ。
 平気か響坊」
「平気じゃありませんー……」
「ったく、昨日は筋悪くねえと思ったんだがなー」
「あや?」

 その言葉にぱっと跳ね起きる。

「私が?」
「お前、最後の打ち込みの時、目で見てなかっただろ」
「あや……?
 ううん、どうだったかな……」
「あんま難しく言ってもわかんねーだろうから掻い摘むと。
 目に頼って戦ってるだけの奴は二流なんだよ」

 目に頼って戦う?
 それって当たり前の事だと思うけど……。

「こいつはお師匠の言葉だがな。
 人間の目って奴は、今の世界を映してる訳じゃないそうだ」
「今の……世界?」
「目っていうのは……なんだっけな。
 モノに当たった光を頭ん中に取り入れる装置……らしい。
 小難しいんで俺も良くわかんねえが」
「うーん、わかんない」
「まあいいや。
 ざっと言うと、俺もお前も一瞬前の相手の姿を見てるんだよ」

 一瞬前の……姿。

「だから、目で見た事を判断して打ちこむ時点で“遅くなる”。
 遅くなるってことは防げる。
 これは判るか?」
「んん……ちょっと判った。
 落ちる木の葉を打とうとしたら、少し上を打っちゃうみたいな?」
「ほほー、馬鹿の癖にたいしたもんだ」
「馬鹿じゃないー!」

 素直に嬉しくさせてくれないなーこのオジンは!

「見えた木の葉に拳を合わせても、そこにはもう木の葉はいないだろ。
 だからこそ木の葉がいる“だろう”場所を打つ」
「うん」
「そいつを考えてやってるか?」
「……うーん……。うーーーん……。
 考えてない……と思う」

 そんなものはそう言うものだ、としか判らないし。
 私の答えを聞いてにやりと笑う兵衛。

「じゃあ俺にも当てられるはずだ」
「ええっ!?
 だってひょえーは葉っぱじゃないし!
 当たると思っても何でか防がれちゃうし……」
「葉っぱと俺、何もかわらねえよ。
 響坊は自分自身に騙されてるだけなんだよ」

 自分自身に……騙される?

「……うえー?」
「情報にばかりに頼るなってこった。
 ―――光より早く。
 識るよりも早く動けなければ、剣は当たんねーんだよ」
「あやや……。
 私が“遅い”からぽこぽこ当てられるって事?」
「そゆこと」

 ニヤリと笑うと、枝切れでぽこりと私の頭を打つ。

「うや?」
「俺にはお前の動きが止まってる今と同じくらいに“判る”んだ。
 見て考えて、当てられたくないー防ぎたいー、そういう動作の起こりがもう、はっきりくっきり判るのさ」
「ううー?」
「だから、その先に枝切れを導くだけで響坊が勝手に飛び込んでくるってワケさ。
 外してないんじゃない。外れる理が無いだけのこと。
 岩に当ててるのと大差はねえよ」
「うやーー、それって考えた結果じゃないの?」
「かかか、それこそ考えても無駄さね。
 講釈たれてもお前は“遅く”なるだけだし、しばらくは案山子になって勉強するんだな」

 意地悪く笑うと杖を突いて立ち上がる兵衛。
 ひらひらと手を振って清水の洞へ歩いていってしまう。

「うーモヤモヤするー!
 ひょえー!」
「まだ仕事残ってるんだろ。
 明日だ明日、がんばんな!」




コイムスビ-神様と一緒- 響22。
兵衛との打ち合い。



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