■コイムスビ-神様と一緒-
―――響20:意地悪剣士と猪少女



 ひょこひょこと歩いていく黒髪の人。
 私はとぼとぼとその後をついていく。
 やること無いという言葉はその通りで、私には断る理由が無かった。

「おー、凄まじい眺めだな………どんだけ高いんだよ、この山」

 山頂の山頂、そこに広がる平地の端で、黒髪の人は薄靄がかかる山稜を見下ろしている。
 オレンジ色の光が山々を照らし出し、赤一色に染まった世界はシンプルで、とっても綺麗で……。
 私とは、対照的に見えた。

「おう、おちび。お前体術やるだろ?」
「やや? は、はい格闘を少々………」
「剣は?」
「いえ、みたこともないです」
「ふむ、無手だとビリビリが嫌だしな……」

 質問の後、黒髪の人は近くに落ちていた枝を二本取り、一本を私へと放る。
 慌てて受け取る私に、黒髪の人は近づいてくると。


 べちっ!


 その枝で、私の頭を叩いた。

「あっ………いったあああああああああい!」
「かかか、油断大敵」
「なな、なにするんですかー!」
「ほれっ」

 慌てて抗議する私の頭にもう一発。
 痛い、すんごい痛い!

「タンコブだらけになっちまうなー、ほれっ」
「いたっ、いたたたた! や、やめてくださいー!」
「残念な事に俺の趣味は苛めでね。 ほれほれっ」
「いたっ、いたた! さ、最悪です! 最悪の趣味です!」

 ニヤニヤと笑いながらぽこぽこと私の頭を叩く。
 もうそれが凄く痛い。黒髪の人が持っている枝は細いのに、倍ぐらいはある棒で殴られてるみたい。

「悔しかったらそれで一本入れてみるんだな。そしたらやめてやるよ」

 ぽこぽこと叩きながら、そんな事を言った。


「うー………やっ!」
「うおっ?」


 地面を蹴って黒髪の人との間合いを取る。
 ひとっとびで三間。振り向いて相対した私の目に、目を丸くした黒髪の人の顔が映る。
 やな人だやな人だ! 一方的な暴力はいけないって習わなかったのか、うー!
 それに、私は山神の子。立派で偉大なととさまの子なんだ。
やられ放題なんて、こけんに関わる!

「一本……約束しましたからねっ!」
「あ………ああ。
 いいぜ、約束は破らない主義だ」

 ニヤリとほくそえむと、杖を持っていないほうの手ですいっと枝を構える。


「………う」


 それだけ。
 たったそれだけなのに、もう全然勝てる気がしなくなった。

「え………」

 怪我人なのに、無造作に構えてるだけなのに。
 黒髪の人から伺える気配は、組手してる時のととさま以上の重圧で。
 飛び込む隙が、何処にも見あたらない。

「どうしたよおちびちゃん。びびったか?」
「うう………」
「うごかねえんならこっちから行くぞ」


 バシンッ!!


「いっ………たああああああああ!?」

 脳天に一本。
 気付いた時には黒髪の人が目前にいて、枝切れを頭に叩き込まれていた。

「そらそらそらー」
「いたっ、いたたたたた! いたいですよー!」
「悔しかったら反撃してみろー」

 ニヤニヤと笑いながら連打を打ち込んでくる。
 動き自体は緩やかで、そんなに素早くは無いはずなのに、頭に受ける衝撃は間断なく続く。

「うやっ!」

 頭の上で枝を振り回して防御する。頭の形が変わっちゃう!
 だけど、今度は後ろ頭に衝撃!

「いたーーーーーーい!!」
「うはは、これは打ちごろの案山子さんですなー」

 振り返ると、黒髪の人は私の後ろでニヤニヤしていた。
 ぜ、全然目で追えない。とてもじゃないけど怪我人の動きじゃない。

「う、ううう………怪我してるの嘘ですねっ!」
「そう見えるか?」
「う………」

 良く見るとニヤニヤ笑いの頬には脂汗が見えるし、足だって引きずってる。
 杖を突いた腕は少し震えてるし、良く見ると重心だってフラフラしていた。

「うううう〜………」

 こ、こんな怪我人に手も足も出ないなんて。
 あまりの無力に項垂れてしまう。


 バシインッ!


「うきゃっ!!」
「そら、顔下げんな。こっちの攻撃は続くぜ?」
「ううううううううう!!」

 言い様の無いモヤモヤがお腹の中に溢れて、爆発しそうだった。
 こんな理不尽、こんな酷い人! 放っておいてどっか行っちゃえば良い。
相手にする必要なんてないんだから!


 でも………。


「うやあああああああああああ!!!」

 でも!
 理性より理屈より、悔しくって悔しくて、その想いが一番で。
奥歯をいっぱい噛み締める。
 考えて考えて出した結論より、目の前の理不尽に負ける事のほうがずっと嫌だった!

「うやー!」
「おっ」

 思いっきり地を蹴って黒髪の人のいるところに突っ込む。
 理も、策も、なんにも無い突進。
 でも、黒髪の人は少し慌てた様子で私の体を回避した。

「猪戦法だな、おちびちゃん」
「うっさいうっさいっ! しゃがらしかー!」
「かかか、調子出てきたじゃねえか!」

 もう考えるのはやめ!!
 一本取れば良い、それはようするに捕まえちゃえばいいって事!
 そしたら一本でも百本でも入れ放題なんだから!!

「たやーーーー!!」

 全身のばねを使って真っ直ぐに突進する。
 私の突進先に黒髪の人はいないが、そんなの関係ない。
 着地と同時に、黒髪の人が居る―――と“感じた”ほうに再突進をかける!

「おわっ!」

 それをかわす黒髪の人。
 回避先の気配はさっきより濃厚。再び地を蹴るとそちらに向かって突っ込む!
 目前に迫る黒髪の人。捉えた! と思ったその時。



 バシシーン!!



「うやっ!?」

 交差際に叩き込まれる枝の一撃。
 頭と額に一発づつ。その攻撃に思わず目を瞑ってしまい、黒髪の人の気配を見失ってしまう。


 バチコーーーン!!


 直後、脳天を襲う激しい衝撃。
 ぱっと星が散ると同時に、ふわりと体が軽くなる感覚。
 大きな衝撃と同時に、目の前が暗くなっていく……。




 ……目を開くと、視界いっぱいに宵闇の空。
 オレンジ色の残滓は山の向こうに残されるのみで、山には夜の帳が落ち始めている。
 意識を失っていたんだ。どうやら倒されてしまったらしい。

「気が付いたか」

 声に振り向くと、私の隣に腰掛けている黒髪の人。
 顔は少し青ざめていて、凄く体調が悪そう。

「あや………だ、大丈夫ですか………?」
「おら」
「いたっ! いたーーーい!」
「そのお人よしだけは本質的なもんだな、こりゃ」

 荒い息をつきながら意地悪そうな笑顔を向けてくる黒髪の人。

「ううう……」
「いろいろ考えすぎなんだよ、お前は」
「………あや?」
「………まあいい。
 おい、おちびちゃん」
「はい?」
「お前、俺が鍛えなおしてやる」
「やや………え?」

 黒髪の人の言葉に、ハテナがいっぱい浮かぶ。鍛える?

「体が治るまで暇だしな。
 少なくとも一本入れられるまで、お前は俺のおもちゃだ」
「え………えーーーーー!?」

 びっくりして飛び起きる。
 じょ、冗談じゃない! こんな苛めが毎日続いたらたまりません!

「そっ……!」
「俺は上条兵衛。兵衛でいい。おちびちゃん、お前は?」
「ううえぁ!? えっえ、ええ〜と、私は響! 猪神の響!」
「そーかそか。
 んじゃしばらくの間宜しくな、響坊」
「あやっ、あやーーーーー!?」


 夕暮れに響く絶叫。
 それが黒髪の人―――上条兵衛さんとの、厳しくも楽しい日々の始まりでした。




コイムスビ-神様と一緒- 響20。
忙しき日々の始まり。





back next