発端


「…………っと」
窓を開け外の空気を取り込む。
穏やかに吹く秋の風が二階の一室を吹き抜け、部屋に充満した埃を吹流す。
アーチャーは床に積まれた大量の本を見下ろしてため息をついた。


彼らの父親、遠坂時臣が旅に出てはや一年。彼の私室を掃除するのは
実はこれが初めてだ。

魔力を集中することで物質構造を”視る”ことのできるアーチャー。
遠坂家で暮らすようになった当初から
この部屋の散々たる内部状況を推測しており、
片付けたい気持ちでいっぱいだった。
本人は否定しようとも本質的に執事体質なのだ。
仮にも己が住む住居が荒れている事を許容できない。
時臣がかけた部屋の封印魔術の効果が
術者の不在により減退したのを見て取ると
早速私室を暴き、掃除へと乗り出したわけである。


はたきで積もり積もった埃を払い、乾いた布でこびりついた埃を拭う。
朝の5時から開始した作業は6時間をかけてようやく一段落ついた。
窓を開け風を通すことで陰干しをし、あるべき場所にきちんと整頓したら
掃除は完了だ。

「しかし………いくらこの部屋が荒れているからといって
他人の私室を暴くのは少々問題があったかもしれん………」
一通り片付けて一息ついたアーチャーは改めて自らの蛮行の意味に思い至った。
まあやってしまったことに悔いても仕方があるまい。
整頓された部屋を見渡しつつアーチャーの顔には満足げな笑みが浮いていた。
『さて……子供たちと約束していた時間までまだ間があることだしな……。
どうするか』
目に入るのは本の山。
暇つぶしにでもなればいいかとそのうちの一冊を手に取る。



ずいぶんと古い本である。装丁や文字は手書きで、書式を見るとどうやら
なんらかの記録をまとめたものらしい。
表紙をめくり初項に目を通す。

―――18××年。おおよそ200年前に記述されたもののようだ。
その後には遠坂家の先祖の一人―――遠坂永人が魔術を学び、根源に至る為の
修練の過程が記されていた。

「文武両道。自らを鍛え上げることによって根源へと至る―――か。
クク、不器用だがなんとも真っ直ぐな男だな。
その方針でよくもここまで積み上げたものだ。遠坂家は良く育っているぞ」
時は江戸後期。わずか数十年の後に来る国家崩壊の足音を聞きながら
遠坂永人は血に塗れる事も無く人の中で魔術というものと向き合い
己が出来る事を成していった。
―――だが。

「―――アインツベルン」
聞き覚えのある名前がその記述の中に現れる。
北方の雄。黄金の担い手。魔術の大家アインツベルン。
聖杯を求め、その奇跡に魅せられ、ただそれだけの為に在る魔術系統。
遠坂永人、そして間桐臓硯は彼らの計画に参加し、
その果てにひとつの奇跡を見出そうとする。


”聖杯”を利用した根源への道を作り出す、儀。
そこには大聖杯を作り出す研究内容とアプローチが記録されていた―――。


「あーちゃーーー!」


「――――――――む」
階下から自分を呼ぶ幼い声が聞こえてくる。
時計を見る。もう12時を回っていた。
「と………読み耽ってしまったか。すまない、今行く!」
本を傷つけないように机の上に置くと、窓を閉めカーテンを引き
遠坂時臣の私室から出た。


「もーーおそいよー。なにしてたのー?」
ほほを膨らませた凛が二階から降りてくるアーチャーを睨みつける。
秋用のブラウスにかわいらしいリボンを胸元につけてお出かけルックである。
「あーちゃーさんおそうじしてたんですよ」
同じく余所行きの服装でかわいらしくまとめた桜がくすくす笑いで姉を見る。
「―――?
そこそこ物音はしていたと思うのだが……気がつかなかったのかね?」
「だってねーさんさっきまでねて……むぐむぐむぐーーー」
「わーーーーー!
も、もー、そんなのどーだっていーじゃない!
ほらほら、はやくデパートいこーよー!」
後ろから羽交い絞めにして桜の口を塞ぐ凛。
くく、と笑うとアーチャーは服を”編みなおし”て玄関へと向かう。
「そら行くぞ、ねぼすけ」
「ね、ねぼすけいうなーー!
うーー」
「もーー。かみのけぐしゃぐしゃですー」
小走りでアーチャーの後を追う凛。
涙目で髪の毛を直しながらついてくる桜。

今日は新都に出てのお買い物。
天気のよい秋晴れの中、三人は連れ立って街へと繰り出した。



家政夫と一緒編・第二部その1。
大聖杯。
閉ざされた主の部屋でみつけた古書は
古から続く冬木で行われてきた戦いの発端を紐解くものだった。
けれど、安寧の中にいる三人にそれは未だ必要は無く。
本はいずれ来るその時まで、机の上にて眠る。