衛宮士郎の夢


中庭に戻ってきた士郎は桜の姿を探す。
―――いた。
ライダーと共に人の輪の中にいる桜。
たくさん出来た後輩たちに囲まれて微笑んでいる。


「…………」
息を切らせてやってきた
士郎の姿に最初に気がついたのはライダーだった。
その様子に気がつくと、ニコリと笑って
「申し訳ありません、桜は急用が出来てしまいましたので
少し席を外させていただきます。それまでは私がお相手を」
と、弓道部の面々に言う。
ライダーは神がかった美女である。
男でも女でも簡単に断れようはずがない。
「え、ライダー?」
突然の従者の申し出に焦った桜だが、自分のところに近づいてくる
足音に気がつくとその意味を悟った。
「………桜………」
息を切らせてやってきた士郎の顔は真剣そのものだった。
「………士郎さん……。あ、あの。みんな、ごめんね」
周囲の後輩たちもなんとなく雰囲気を悟ったのか。
「行ってらっしゃい、間桐先輩」
そう言って桜を送り出してくれたのだった。



衛宮邸居間。
来客は庭に出て宴会を楽しんでいるため、今この居間には
誰もいなかった。

「………桜」
淹れてきたお茶をテーブルに置く。
桜はまだ俯いたままである。
「………士郎さん……私……」
桜のほうを向き、その隣に腰掛ける士郎。
「……じいさんの墓でさ。
かっこ悪いトコ、見せちゃったよな………」
びくっと、桜の肩が震える。
「桜、俺さ………」

「先輩は………」

士郎の言葉を遮るように、言葉を紡ぐ桜。
「先輩は………誰に対しても一生懸命で………
頼まれたらイヤだって、絶対言わなくって………。
私、そうして変な風に先輩が使われることも、いっぱい見てきて……
誰かのために傷つくこと、怖くないのかなって……
ずっと、思ってました」
「……………」
「でもそれでも……誰かが喜んでくれたり
笑ってくれたり……そうしてくれた時の先輩の顔……
とっても嬉しそうで。傷つくことなんて、それに比べれば
へっちゃらなんだって……そんな風に笑っていて……。
だから……それが先輩の夢なんだって。
気がついたんです」
「……………」
「私は……痛いのも……苦しいのも……やです。
傷つくのが怖い、弱い……女です。
だから………そんな先輩が眩しくて……憧れて……
好きになって……。だけど……だから……
先輩に……好きです……っていえませんでした……」
「……………」
「私が、先輩の事、好きだって、伝えたら……っ……
先輩、きっと困っちゃう……。
だって、先輩は私だけ見ているわけにはいかないから……。
だからいえなくて……がまんして……私、一人で泣くだけでした……」
「……………」
「でも、でも………。
先輩は……それでも………私のこと……選んでくれて……
一人で泣くなって……守ってくれて……
桜だけの、正義の味方だって……いってくれて……。
本当に……大事に大事にしていた……夢よりも……
……私のことだけみてくれるって……言ってくれて……」
「……………」
「だから……切嗣さんのお墓の前で……
どんな時でも笑って、痛さなんて見せない先輩が……
泣いているのを見た時に………。

先輩を……いっぱいいっぱい……
傷つけちゃったんだって……わかって………。

傷つくのは痛くて、苦しくて、辛いから……
泣いちゃうくらい辛いから……。
だから……本当に大切だった夢を……捨てなきゃいけないことが……
先輩をどれだけ傷つけたのかって……判っちゃったから……
だから………私………」
「……………桜」
「私………は………先輩と……」


「―――桜!」


びくりと桜の肩が震える。
士郎はため息をつき、桜を見据えた。
「……じいさんとの約束だったんだ。正義の味方になることは」
「………あ。……う……ぐ……」
俯いたまま、涙をこぼす桜。
「でもな。それよりも……俺には大事にしなきゃいけない
思いがあったんだ」
そういって士郎は桜の顔を両手で包む。
「―――最初に、笑顔があった。
とてもとても……奇麗な笑顔。
それがとても美しかったから……憧れた。
だから。
………誰も泣かないように。
せめて、俺の前に居る人は笑顔でいられるように。
からっぽだった俺が、最初にみつけた尊いもの。
それが―――俺の夢」


空を覆いつくす、黒い煙と曇天の下。
何も無かった衛宮士郎がはじめて見た尊いもの。
ほんとうに、嬉しそうな、その笑顔。
それが、彼の最初の衝動。
―――夢の始まりだった。


桜の瞳から出る涙を優しく拭う。
「けれど今の俺の夢は、ほんの少しだけ違うものになった。
それはな、桜」
そのまま、士郎は桜を抱きしめた。

「大事な人が、笑顔で、ずっと笑っていてくれること。
―――桜。
お前が泣かない未来を守ること。
それが、衛宮士郎の今の夢なんだ」


「あ……………」



溢れそうになる桜の涙を抑えるかのように、
強く強く、抱きしめる。

不安な気持ちを消し飛ばすように。
―――もう、離さないように。



「だから、泣くな。
俺は桜にずっと笑っていて欲しくて、桜の事ずっと守れるように。
……お前と結婚したいと思ったんだ」

「……………はい」

「だから不安になったら言ってくれ。
俺は桜を泣かせないから」

「………はい」

「俺は桜の事が……好きだからさ」


「…はいっ!」



宴会の夜は過ぎてゆく。
様々な人の思いを乗せて。
思いはそれぞれあるだろうけれど、皆が抱く気持ちは一つ。
二人が幸せになれますように―――。



士郎の結婚前夜編その9。
キミが笑顔でいられる日々を守ること―――。