赤い悪魔


衛宮の家の前にたどり着くとそこには悪魔がいた。

「こぉらぁぁぁぁーーーーーーーー!」

恐るべき形相の遠坂凛が、まるで不動明王の如く
衛宮邸の門の前で仁王立ちして待っていたのだ。
「いいっ!?遠坂!?」
「姉さん!?」
思わず一歩引いてしまう士郎と桜。それもそのはず。
遠坂凛の格好はどこの未開拓地を潜り抜けてきたのか、というほどに
薄汚れていた。
「ど、どうしたんだその格好……」
「どーしたもこうしたもーーーー!日本についたとたん
三流魔術師共に追っかけられて冗談じゃないわよっ!
私はランボーでもジョン・マクレーンでもないっつーの!
ようやく片付け……撒いてきたと思ったらたどり着いたここ
片っ端から鍵閉まってるじゃない!すぐ帰ってくるかなーと思って
炎天下、5時間!そりゃ気も立つってもんでしょ!
いい加減門ぶち破ろうかと思ったわっ!
………っもーー!とりあえず一発殴らせなさい!」
「なんでだっ!?
言うことが常軌を逸してるぞ遠坂!?
とりあえず落ちつけっ!」
「姉さん落ち着いてくださいっ」
ぎこちない雰囲気もどこへやら、一緒になって凛を押さえにかかる
士郎と桜。
「あら、思ったよりも早く仲直り?」
「さすがはリンですね」
遅れてついてきた二人はその様をほほえましく見守っていた。



「あらおいしい。流石士郎ね、いきかえるわー」
衛宮邸居間。
昨日の残りの炊き込みご飯をおむすびにしたものを食べながら
扇風機の風を受ける凛はすっかり上機嫌。
表情こそ緩みきっているものの、淡い紅色のアンダーに黒のキャミ、
ブラウンのティアードスカートでさっぱりまとめた格好は
風呂に入って艶々に整えられた黒髪に良く映え、
さすがは遠坂凛、誰の目にも留まる美人に早代わりである。


―――遠坂凛。
西寄り魔術の最高峰”時計塔”の魔術師である。
”宝石剣”を生成できるだけの理論を構築した遠坂凛は
事実、この世界の魔術師の中で最も『魔法使い』に近い一人だ。

理を知れば技も為す。
魔法に届く理論と技術の事は隠していても、その副産物である
高度な魔術理論を実践LVで使いこなせる凛は
若くして時計塔でも最高の魔術師の一人であり
また、その称号であるアデプトの名を受けるに
相応しい人物であるといえる。

それ故に、彼女の弟子になりたいという人間は後を立たない。
―――魔術は秘されるもの。
通常、魔術師がみだりに弟子を取るということはありえない。
それを理解しつつも聖杯戦争で「 」に触れえる場所まで近づいた
遠坂凛という魔術師の持つ知識と技能は、
どの魔術師にとっても魅力的なものだった。

………それゆえの帰国時のパニックである。
一つ弟子入り志願。二つ殺して奪い取る。三つ我が家と交わらないか。
……そのどれもが凛にとってはうっとうしいことこの上ない。


「やれやれ……
なんで俺がご機嫌取りしなくちゃならないんだか……。
遅れたのは遠坂のほうだろ」
だが。どんなに偉大な魔術師になったとしても
彼らにとって凛は大事な家族であり、それ以外の何者でもない。
愚痴をたたきながらも士郎は、帰ってきた凛に対し
嬉しそうな態度を隠し切れなかった。
「有名人は疲れるものなのよ。
それなりにねぎらってくれたって良いでしょ?」
頬を膨らませて士郎を睨みつける凛。
「まあまあ、姉さん……」
苦笑しながらエプロンをはずし、ハンガーにかける桜。
「士郎さんも意地を張らないでください」
「………善処する」
「……おやおやまあまあ〜?」
そんな二人を見て藤ねぇはにんまりと笑う。
「遠坂さんのおかげで良かったんじゃない?二人とも」
「え?」「あ……」
その一言で思い出したのか、再び士郎と視線を合わせられなくなる桜。
「……ん?
何よ、ケンカでもしてるの?」
「む……いや、そんなんじゃないんだけどな」
「…………」
うなだれてしまう桜。
「明日結婚式だっていうのに、しょうがない桜ねー」
お茶をすすりながら苦笑する凛。
「…………」
「どうせ士郎のニブチンがまたなにかしたんでしょう?」
「むっ……」
一瞬むっとなった士郎だったが、
すぐさま困ったような表情になってため息をつく。
「……なあ、桜。なにかしたのか?俺?
……何かあったんなら言ってくれ。
何とかなるなら何とかするからさ」
心底困ったように桜を見つめる士郎。
ソレを無視するわけにも行かず、困ったように士郎を見つめ返す桜。
逡巡の後、一同にぐるっと視線を巡らせると再び俯いて、
「………ごめんなさい………」
そういって居間から出て行ってしまった。


「あらら……あれは結構重症かもね……」
桜の出て行った居間の扉を見つめながら呟く凛。
居間に残って手持ち無沙汰になっている士郎を一瞥してため息をつく。
「で、士郎、あんた桜に何をしたのよ?」
「………なんか俺が桜にひどいことしたみたいな言い方だな。
何か……か………。んーー………」
困惑する士郎を尻目ににんまりと笑う藤ねぇ。
「はーいはいはいー!
士郎ったら切嗣さんのお墓の前でめそめそしてましたー」
「うわ馬鹿虎、黙ってろ!」
慌てて藤ねぇを押さえにかかる士郎。が、藤ねぇも野生の虎。
軽やかにそれをかわすと凛の後ろに隠れる。
「………ふぅん。
藤村先生、桜はそれを見て?」
「うーん……そうねー。確かにその後から
様子がおかしかったかな」
「………そう。
だとしたら………ほっときましょう」
「うんうん」
「ですね」
そうしてお茶をすすり始める一同。
「―――む。人事だと思って……」
「人事じゃない。夫婦喧嘩なんて犬も食わないわよ。
ま、明日までには何とかしなさいよね。ギクシャクした
結婚式なんかに出たくないもの」
「くそう………」
そういって呑気にお茶菓子をつまみ始める三人を苦々しげに
見つめる士郎。

ピンポーン。

その時、来客を知らせるチャイムの音が響き渡った。




士郎の結婚前夜編その5。
遠坂凛の帰還。