信じるからこそ


衛宮家前の石垣道。
「なぁ桜」
「………………」
「…………桜?」
「え、はい?」
慌てて返事を返す桜。だが、決して視線を合わせようとしない。
………墓に行ってから、桜の様子がおかしい。
女心に疎い衛宮士郎も、間桐桜とは恋人として
随分長く一緒の時間を過ごしてきた。
それ故にわかるようになったことがある。


―――聖杯戦争が終わり、士郎がこの家に戻ってきたその時、
桜は泣いた。この世が終わらんばかりに泣いた。
桜のその気持ちは……ただ嬉しい、それだけで言い表せない
複雑なものなのだと、後の士郎は知ることになる。
学生として復帰し、一緒に学園へ通うようになった頃も
桜の中にはある種の感情が渦巻いていた。
それは『罪悪感』。
士郎だけにではない。
聖杯戦争で、彼女自身が行なってしまったこと
その全てに対する拭い去れない罪の意識。
彼女が負った傷は、付けてしまった傷は
あまりにも大きすぎた。一人では背負いきれないほどに。
だから桜は大事な人を傷つけたくなくて、一人きりで泣いた。
己を責める気持ちは日に日に膨れていき、それは……。
―――好きな人に、好きと言えないほどに。
一緒にいたい人と、手を繋げないほどに。
愛している人を、真っ直ぐ見つめられないほどに―――
大きくなった。
少女はその頃、好きな人の隣にいても……一人ぼっちだった。

けれども結局、間桐桜は一人きりではいられなかった。
何故なら桜の好きな男は、苦しんでいる人を救う為ならば
どんな傷を負っても構わない、大馬鹿者だったからだ。
男は文字通り、その人生の全てを少女のために捧げていた。
夢も希望も全部、大切な人の為に。

―――その罪の全てを幸せに変えていこう。
君が笑ってくれるなら、苦しいことも悲しいことも全部引き受ける。
一緒に、歩いていこう―――。

いつしか、少女の瞳は昔のように、
衛宮士郎だけを映すようになった。


だから桜が士郎と目をあわさない。
………それはもしかしたら。
桜があのころの様に、一人で苦しんでいるのではないかと……。
士郎にはそう思えてしまうのだ。


「ねぇ、ライダーさん」
「はい、なんでしょうかタイガ」
「……いーかげんタイガって呼ぶのやめてほしいんだけどなー」
嘆息する藤ねぇだが咎めるような雰囲気はない。
このライダーという女性が美しすぎて怒りづらいというのもあるのだが
なんとなく、タイガ、と呼ぶ響きに
邪念や悪意の類が一切感じられないから、というのもあった。
なんというか、奇麗なのだ。その響きが。
「まーいっか。ねぇ、アレ、どう思う?」
「アレとは?」
「桜ちゃんと士郎よー」
「………。特に思うところはありませんが」
「………んー………ライダーさんてさ、不思議な人だよね」
「…………不思議、ですか」
「うん。だってさ、普段桜ちゃんのこと凄く気を使ってるのに
突き放すところはすっごく突き放すんだよね。
ちょっと不安になっちゃうくらい。………不干渉、とは
いわないんだけどね。………あっ、気を悪くしたらごめんね」
「…………ふふ」
頭を下げる藤ねぇをみて微笑を浮かべるライダー。
「?」
「タイガ。あなたは士郎が他人に中傷されたらどう思いますか」
「え?そりゃ怒るよ。烈火のごとく。謝るまで許してあげない」
「では相手が士郎が悪いのだと理由を挙げてきたら?」
「……んー。士郎は誰かが嫌な思いをするような事をする子じゃないよ。
それが士郎のやったことで言われてるんだとしたら、
それはホントに中傷なのよ」
「その根拠は?」
「だって士郎の事信じてるから。
…………あ」
「そういうことです」
「………そういうことかー」
顔を見合わせて笑い出す藤ねぇとライダー。
「………二人が連れ合いになろうと決意したその気持ちは
私たちがどうにかしようとする思いよりもきっと強いものでしょう。
ならば見守れば良いのではないでしょうか」
「………そーね」

ぎこちない様子で歩く二人を見守る藤ねぇとライダー。
お互いに信じる相手がどんな結果を出すのか、
今はその結果が幸せなものになるだろうと信じて。
保護者たちは新婚未満のカップルを追った。



士郎の結婚前夜編その4。
好きな人を信じるからこそ思いはすれ違って。