夢の音


ギィィィィ………。

耳慣れた音が土蔵に響く。
それは錆付き、古い扉が開くときに鳴る音だ。

彼が父親と死別して。
ここで魔術の訓練を行い始めた頃から毎日のように聞いた音。
夢を目指す、その場所へ続く、扉を開く音。
けれども、その音はあの頃とは違い
衛宮士郎にとって別の意味をもつ音になっていた。

「士郎さん、起きてますか?」

―――愛しいヒトの声がする。
そう、それは愛しいヒトが自分を起こしに来る、その音。
まぶたを開き視認する。
自分の世界の全てを。

「……ん。おはよう、桜」
「……はい。おはようございます、士郎さん」

―――6月。
既に入梅し、雨の止まない曇雲が天を覆うその季節。
愛しいヒトの向こうに見える空は、その季節には珍しく
見事な快晴だった。
「……くぁ……。見事に晴れてくれたなぁ!」
「はい。ふふ、明日も晴れてくれるといいんですけど」
「天気予報では晴れるって言っていたし、大丈夫じゃないか?」
「ですね。うふふ……」

そういって幸せそうに微笑む長い髪の女性。
―――間桐桜。衛宮士郎にとってなによりも大切な守るべきヒト。
一緒に暮らすようになってもう随分になる。
彼女が彼にとっての「夢」になってからも。

それは、昔の話。
まだ彼らが学生だった頃の話だ。
―――聖杯戦争。
冬木のありとあらゆるものを巻き込んで起こったそれは
二人の運命を変えた。

少女は長い長い悪夢から開放され。
少年は夢を捨て、少女のために生きると決めた。

そして二人は共にいる。
辛いことも、悲しいことも乗り越えてここにいる。

「ほら、先輩。早く朝ご飯食べないと。今日は忙しいんですから」
そういって桜は士郎の手を引く。
「たったっ……、自分で起きられるって。
ていうか、桜。また呼び方が元に戻ってるぞ?」
「あ………」
しまった、という顔をして口元に手を当てる桜。
「……ま、その呼ばれかたされるようになって長いからなぁ。
そう簡単には変わらないよな」
「……う。でも、もうこの呼び方にはさよならしなくちゃ」
そういうと桜は軽く頬を張る。
「じゃぁ、……もう一回?」
「……お好きに」
上目遣いで訊ねてくる桜に苦笑しながら頷く士郎。
「ほら、士郎さん。早く朝ご飯食べないと。今日は忙しいんですから!」
最後のほうは恥ずかしくなったのか語気荒く締める桜。
「……くくく。そうだな。じゃあいこうか」
「はいっ!」
二人は手を握って土蔵の扉をくぐる。
眩しく照り付ける6月の太陽が祝福するように二人を照らす。
そう、今は6月。
―――ジューンブライド。

「だって、明日は私と士郎さんの結婚式ですから!」


士郎の結婚前夜編。
大事な人に起こしてもらえる朝。
彼女を守り、生きていくことが今の彼の夢。
だから大切な人とこの世界を生きていく確かな証が欲しくて。
与えたくて。
この体が朽ち果てるその時まで、共にいよう。
その約束の日は、明日。