夢の代価・前編


グラッ………!

部屋の物をひっくり返すような大きな揺れ。
地震だ。震源が近いのか、棚の上の物などは揺れに合わせて床に落ちる。
イスなどはひっくり返る勢いだ。

「―――――」

居間でくつろいでいたアーチャーは地震を感知すると瞬時に霊体となり、
疾風の如き速さで駆け出す。迷いなど一点も無い、子供達の部屋へ。

「――――!!」

部屋の中は酷い有様だった。
本はなぎ倒されたように床に散らばり、ベットの天蓋も傾きかけている。
特に酷いのは壁際の調度品でまるで凶器の如く床に突き立っていた。

「どこだっ! 凛、桜、無事かっ!」

彼の脳裏に今まで見てきたありとあらゆる死の光景がフラッシュバックする。
物の下敷きとなり死んだ子供の顔。
それが彼の主人たちに置き換わった時。

大事な人たちを失った時に味わった痛みが―――蘇ってきた。

「………っ、り、凛、桜! 返事をしろっ! オレは………」
「………あー……ちゃー?」

パニックになりかけた彼の耳にか細い声が届く。
覗き込んだ机の下に―――いた。
ぶるぶると丸まって震える桜を抱きしめて守る凛の姿。
とっさに机の下に逃げ込んだのだろう。
いい判断だ。安心からか、アーチャーは脱力して床にへたりこむ。

「……あ、あーちゃーさぁん………うわぁ〜〜んっ!」
「………っ。ふう………よしよし、もう大丈夫だ」
「こ………こここわくなんてなかったんだから………ひっく」

安心して出た涙をこらえるように歯を食いしばる凛。
そんな彼女の様子に思わず苦笑してしまう。

「凛、おいで」
「―――。ば………ばかぁ………!
わたしたちのさーばんとなんだから………
いつだって……まもってよ……ぐすっ……。
うわ〜〜〜〜ん! こわかったよおっ!」

飛び込んできた小さな体を優しく抱きしめる。
安心して泣きじゃくる二人の姿に深い安堵を覚えるアーチャー。
―――それなのに何故だろう。この胸には強い焦燥が燻っている。
自身の内に在るものの正体に訝り始めたその時、
遠くで救急車のサイレンが響いた。


「―――――」


―――ハッ、とする。

迷い無くここにきた。そうして、二人を救った今も自分はここにいる。
―――苦しんでいる誰かを、放って。

胸の中の二人はまだ泣きじゃくっている。
地震に怯え震える二人は、まだ自分の事を必要としている。

『だが………っ』

それは駄目だと、誰かが囁く。
訳の分からない恐怖に囚われ………アーチャーは二人の体を引き離した。



家政夫と一緒編。夢の代価:前編。
地震の後。
男はひとつの事実に気が付く。
その事実は彼の夢の始まりを追憶させてゆく