epilogue6:君と行く、未来



―――強い風が吹きすさぶ七色の世界。
形在るものの生存を許さない巨大な暴風の中で、
揺らぎもせず、屈する事も無く、ただ風の吹く場所を睨んで
立つ影一つ。

「あ………」
「あ………」

私達は……その後ろにいる。
命を奪うかのように吹く強い風は大きな体が全部受け止め、
その猛威から私たちを守ってくれていた。
それに気付いた私と桜は、彼にお礼を言おうとその背中に近づいていく。
でも、あまりに風が強いからその場所まで近づくのはとっても大変で、
まるで凄い台風の日に、差した傘を守りながら歩くみたい。
一歩、また一歩。桜の手を強く握り締めながら近づいていく。
そうして、彼のところまであと数歩というところで。
私は気付いてしまった。


―――その人はもう、人間の形なんてしていない。
ううん、生きてるのかどうかも判らない。


体からはたくさんの棒を生やし、体は岩の表面みたいにでこぼこになってる。
風から身を守るためにそうなってしまったのか、皮膚だったところは
まるでブロンズみたいにつるつるで、七色の光を映してる。
手も足も細くって………まるで、何年も何も食べて無いみたい。
だけど………私たちを守ろうと、立つ………せ、背中は。
広くって、大きくって。
それが誰なのか………私達は気付いた。


「アーチャー………?」
「あ、アーチャーさん………?」


呼びかける。だけど、返事なんて無い。
だって……だ、だって。その姿は………もう。
生きてるようには、みえない………っ。


「あ、アーチャー!!」
「アーチャーさぁん!!」


一生懸命駆け寄ろうとする私たちを風が邪魔をする。
アーチャーの背中に近づけば近づくほど風は強くなって、
私たちの小さい体を吹き飛ばそうとする。


「うううううっ………!」
「ううううう…………!」


一歩、また一歩。魔術で穿たれた輝く道を踏みしめて、アーチャーへと近づいていく。
風に削られ見る影も無いその姿が、
朝焼けの中、私たちを抱きしめるあの日のアーチャーに重なる。



『……大丈夫。
苦しい事は全部引き受ける。だから、笑っていてくれ』



―――何かを得るという事は、何かを失う事。

それは魔術を成す事でも、未来を選ぶ事でも変わらない。
無理を通すのならば、対価が要る。
英霊を供給も無しに留めるのならば、代償が要る……っ。
アーチャーは私たちと一緒の未来を得るために、
自分の身を削り、たくさんの苦痛を代償にしたんだ……!



「ううううううっ………邪魔しないでっ………!」
「アーチャーさんのところに………行くんですからっ!」


風は私達から何かを奪うように猛然と吹きすさぶ。
いいよ、なんでももってけっ!
こんなの、いままでずっとここにいたアーチャーに比べればなんでもない!
私たちを守るために、私たちの我侭を、その幸せを……っ、
守ってくれるためにっ! 
ここで頑張ってくれたアーチャーに比べればなんでもないっ!!


「アーチャー………!」


もっと努力するべきだった。
もっともっと、必死に、一歩でも早くここに来るべきだった!
でも、後悔は足を鈍らせるだけ。
だからこれから取り返す。絶対に諦めない。
手を引いて―――一緒に帰るんだ!

一歩、また一歩。目指す背中にもう少しで手が届きそう。
風が強すぎて、桜の様子を確認できない。
だから、繋いだ手をただぎゅっと握り合って、お互いの無事を確認する。
大丈夫、みんなで帰るんだ。こんなとこで終わってなるものか!



「アー………………チャー………………!」



あと一歩。あと半歩。
広い背中に手を伸ばす。
他の場所はボロボロで見る影も無いけど、一度足りとて振り返らず、
私たちを守り続けてくれた背中はとても綺麗で。
それが誇らしくって、嬉しくて、大好きで。

だからもう―――二度と離すもんか。




「………つか………まえたっ!!」
「つかまえ………ましたっ!!」




家政夫と一緒編第四部その50。epilogue6。
追いかけても、近づくと離れて行った背中。
だから、いつだって行かないでと追いかけていた二人。
でも、貴方は私たちと一緒にいることを選んでくれた。
苦しくても辛くても、この世界で生きていく事を選んでくれた。

だから、迎えに来たよ。
あなたと一緒に生きていきたいから。

さあ―――一緒に帰ろう!