epilogue2:騎士様



学校まで続く長い坂道。
坂の上には学校以外何もないところから、
学生専用の通学路と化しているこの道なんだけど、
私達の後ろ、坂の下から車が登ってくる音が響く。
周囲の学生達のどよめきを感じ振り向くと、
そこには白銀の輝きを放つベンツェ・リムジン。

「Guten Morgen,リン、サクラ」
「………おはよう」
「あ、おはようございます。イリヤちゃん!」

後部座席の窓が開き、まるで妖精のような美貌を持つ少女が顔を覗かせる。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
魔道の大家アインツベルンのお姫様であり、切嗣さんの一人娘でもある。

「無愛想なお姉さんと違ってサクラの挨拶はいつも素敵ね。
おはよう、サクラ。今日も一日頑張ろうね」
「はいっ!」
「で、なにかしら。嫌味を言う為にわざわざ車止めたの?」
「クラスメイトを見かけたんだから朝の挨拶くらいしたって
いいじゃない。まあそれだけじゃないのは確かだけど」
「今日のこと?」
「そう。ちゃんと覚えてたんだ」
「貴方が覚えてて私が忘れるわけ無いでしょう」
「リンは直前になると大ポカする癖があるもんね」
「………へぇ、喧嘩を売りにきたんだ?」
「うふふ、淑女はそんなはしたない真似はしないのよ。
セラ、車を出して」
「はい、イリヤスフィール様」
「む、逃げる気!?」
「Auf Wiedersehen, また後でね。皆様もごきげんよう」

そう言って軽やかに坂を上っていくベンツ。
良家の御用達でもない穂群原においてベンツ登校とは
相変わらずの目立ちぶりだけど、車を見送る通学路の学生達の目には
憧憬の眼差ししか浮かんでいない。自身の在り方を誇る彼女の振る舞いが
周囲に浸透しているのだ。イリヤの周りは万事が万事この調子。
清清しいまでの王侯貴族振りである。

「む〜………」
「あはは………イリヤちゃん悪気があるわけじゃ無いと思いますよ」
「悪気が無いからこそ本物のサドなんでしょうね………」
「さど?」
「桜は知らなくていいの。それじゃいきましょう」
「はいっ」

そうしてようやく辿り着く学校の昇降口。
朝の八時二十三分。急いで来たので何とか間に合った。

「それじゃあ姉さん、私はここで」
「ええ。桜も今日一日頑張ってね」
「はいっ、また放課後!」
「またね」

桜と別れて教室へと向かう。
私のクラスは六年だから校舎の二階。小等部は年齢が高いほど
楽を出来る高学年程下の階に教室がある造りだ。若い者ほど
苦労をしろというのは実に共感の出来るシステム。うん、学園長偉いぞ。
廊下を行く道すがら、次々とかけられる会釈に微笑みを返す私。
そんな挨拶が続く中、肩を叩いて元気な挨拶してくる女の子が一人。

「よっ、遠坂」
「美綴さん、おはよう」

美綴綾子。自他共に認めるスポーツウーマンで、運動神経抜群、
性格もおおらかでみんなに頼りにされるかっこいい女の子。
彼女との出会いは………ん、長くなりそうだし今はやめておく。
私にとって腹を割って話せる友人の一人で、一緒のクラスの友達だ。

「今日は遅いね。寝坊でも?」
「レディーの朝は装いに時間がかかるものなのよ」
「装いねぇ。じゃあ今日の遠坂は本気というわけ?」
「ん………そうね、今日はある意味本気かも」

話の流れなのだろうが、綾子の言葉はたまに核心をずばっと突いてくる。
準備の為に遅れたわけじゃないけど、今日の私は確かに本気。

「お………なんだよ、遠坂好きな人でも出来た?」
「え? 小学生に恋なんて早いわよ」
「ちぇ、たまーにくたびれた事言うんだよな遠坂は。
かっこいい王子様とか騎士様に憧れないか?」
「ふふ、美綴さんはロマンチストね」
「ロマンチスト結構。同級生というと………あれだもんなぁ」

教室に入るなり溜息をつく綾子。見ると、
黒板にしょうもない落書きをして笑ってる男子の一団。

「百年の恋も冷めちゃうよな………現実を見ると」
「………そうね。ふふふ」

私たちの視線に気付き黒板の落書きを慌てて消す男子達。
思わず顔を見合わせ苦笑する。まあ確かに
かっこいい王子様や騎士様に憧れたくなるのも判る。
かく言う私だってそうだったし。………でも。

「そらー席につけー」

私たちが席につくのと同時に担任の先生が教室に入ってくる。
さぁて、今日の授業の始まりだ。



家政夫と一緒編第四部その46。epilogue2。
人より少しばかり大人の目線を得た少女達は
自分をエスコートしてくれる理想像に憧れを抱く。
傍にいてくれた筈の本物の騎士様。
けれど、その姿は少女の傍には無く―――。