奇跡の雪:後編



「あーちゃー………あーちゃ〜〜〜!
わたしも………だいすき!」
「ぐすっ………わたしも………っ、
あーちゃーさんと………ずっといっしょにいたいです!」
「………………ああ」


泥の奔流を弾く暖かい光の中、アーチャーは二人の思いを受け入れる。

―――願いも望みも、一人では叶わない。
その答えを掴んだはずだったのに、自分だけがその外にいた。
未来を望まない者に、人の幸せを願えるはずが無い。
手をとれない人間が、誰かを笑顔に出来るわけが無い。

無様でも愚かでも、生きていく意思を貫けなければ
最後まで歩いていけるわけが無い。


『この場所で、この時代で、救えるものの為に生きてみるのもいい………か』


縋りつく二人の背を抱き、騎士は想う。
ああ、セイバー。私もそうやって生きていけたらいいと思う。
愛すべき二人と共に、生きていけたら―――いいと思う。


「………かえろう。
ね、あーちゃー! あんなのやっつけちゃおう!」
「む」

その言葉に、呪力流を止めこちらを睨みつける竜へと振り返る。
竜の眼窩は今にも暴発しそうな憤怒に彩られ、
その殺気だけで人も殺せそうだ。

「……ああ、待たせるのも悪いしな」

気が付けば先程まで身体を苛んでいた消失感が薄れている。
窮地で凛が技能をあげているのか、それとも、
マスターが二人居るというイレギュラーの為に、
想定以上の供給を受ける事が出来ているのか。
どちらにしろ………これは反撃のチャンスだ。

「よし………叩き潰すぞ!」
「うん!」「はいっ!」

アーチャーは鞘に意識を走らせ、礼装に対する魔力充填度を見る。
およそ七割、完全起動には足りない数値。
当初、担い手ではない自分にはこれ以上の充填は出来ないものと思っていた。

だが―――この領域に踏み込んで気付いた事がある。
その先の領域に対し、魔力の注水が可能な一体感があるのだ。
それこそ干将莫耶を振るうときの一体感とでも言おうか。
どうやら、自分とアヴァロンには特別な繋がりがあるらしい。

「マスター、令呪の使用を申請する」
「うん………でも、どうするの?」

令呪の効力が最も有効に機能するのは、瞬間的であり目標行動が
はっきりしている場合だ。この場合ならば―――。



◇  ◇  ◇  ◇



魔力対流の中央点グラウンドゼロに、セイバーは聖剣を構え到達した。
聖杯が在るのはまず間違いなくこの宙域だろう。
だが、あまりにも強力な魔力がこの空間に対流しているため、
感覚的な探査が不可能になってしまっている。
とすれば視覚的な情報から聖杯の位置を探るしか無いが、
魔力対流点であるこの場所は数キロ四方はあるようだ。
暗闇に閉ざされたこの場所で孔と術式力場を発見するのは難しい。
大きな光源があれば―――或いは。

「―――よし」



◇  ◇  ◇  ◇



オオオオオオオオオオオオッ!!


―――ダガンッ!!


山肌の地面を凄まじい勢いで掻き分け、
竜はその怒りのままに洋館の破壊を目的とした移動を開始した。
山の頂へと迫る黒い竜。
一方、先程放たれた泥の流れももうすぐ山裾に到達してしまう。
もう時間が無い―――最後の勝負だ。



“―――Anfang.セット



凛の声が粉雪の降る寒天の空に響く。
強く朗々とした詠唱にアーチャーの体は震える。
ああ、この子はきっと凄い魔術師になる。必ず届く。

遠い過去、彼女が至る可能性の世界で、
自分は彼女の傍にいられなかった。
その道を……選べなかった。

けれど―――今は違う。
凛と桜、愛すべき二人の未来を守る。


この手で守る。二人を未来に連れて行く―――!



Vertrag.令呪に告げる―――”



勝負は一度きりだ。
竜が放つ最大砲撃にあわせ、アヴァロンを全力展開する。
竜の顎に充填される魔力量に目を光らせ、その隙を待つ。
果たして―――山裾に呪いの流れが到達する寸前。
その機は訪れた。



「―――凛!」
「―――うん!
vdanach, Wiederauffullen ist,次の魔力装填に erledigtes ist am besten! 全力を尽くしなさい!



ガオオオオオオオオオオオオオッ!!!



竜の足が山頂を踏み、巨大な顎から放たれる呪力噴射。
そのタイミングにあわせ、二人の回路から
送られてくる魔力をアヴァロンへ向ける。
令呪の大魔力がその行動を促進し、本来担い手でなければ踏み込めない
領域まで魔力を奔らせる―――!


―――ゴオオオオオオンッ!!


黄金に輝く鞘はまるで聖剣のような眩い輝きを放ち、
数百のパーツへと分解する。光り輝く星の粒子はまるで、
アーチャーに対し喜びを伝えるかのように踊る。
ようやく気付いたのか―――と。

『何のことやら………さあ、いくぞ!』



◇  ◇  ◇  ◇



暗い闇を払うように、星の魔術礼装が唸りを上げる。
もう残り少ない魔力を総動員し、輝き唸るガイアの剣。
全てを切り裂く光の刃が、暗い闇に覆われたグラウンドゼロを
明るい色に染めていく。

「見えた――――――!」


さあ唸れ、約束の剣。
我が思いを抱いて、迷いの闇を切り払え―――!



“約束された勝利の剣”エクスカリバー――――――!



◇  ◇  ◇  ◇



“全て遠き理想郷”アヴァロン――――――!



ゴオオオオオオオオオオンッ――――――!!



全力のアヴァロンは放たれた全ての呪力流を弾き返し、
溢れるばかりの光と熱で、竜の闇を吹き飛ばしていく。
外と内、同時に放たれた二つの究極の白が、反英雄アンリマユを
無へと返していく―――。




オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ………………………




―――深山の空から降り注ぐ輝く雪。
それは生まれ出る事を許されなかった反英雄の涙か。
形を失い、冬木へと戻れる事を喜んだ水神の歓喜か。
それとも、もっと別の想いが望んだ儚い奇跡の業なのか。



それは―――



「………………あ。
切嗣………雪が」
「………ああ」


愛する人を守り、戦った男にも。


「おお………………」
「和尚様! 雪………夜なのに輝いてますよ!」
「はっはっは………これはすごいですなぁ!」
「むにゃ………」


冬木を見守り、生きてきた老人にも。


「………………む」
「輝く雪………ですか」
「………ああ」


今も駆ける、父親達にも。


「うっわ〜〜〜〜!!
きれいだなぁ〜〜〜〜!」


未来を目指す、少年にも。

それはもう、誰にもわからない。




ただ、二人の英雄の勝利を祝福するように舞う輝く雪は、
冬木に住む多くの人々の歓喜を呼び、
雪の夜を賑やかなものへと変えたのだった―――。



家政夫と一緒編第四部その44。
奇跡の果てに降る雪は、全ての人に等しく降り注ぐ。
聖杯と呼ばれたその雪を、見つめる人々は何を思うのだろう。

例えば明日の幸せを。
例えば今日の良い夢を。

何も知らずに願う奇跡は、とても儚く欲の無い夢。
だからこそ―――その夢を守れた事を。
騎士達はとても嬉しく思うのだ。

誰かを守るという、その理想は。
誰もが抱く儚い夢を、守る事そのものなのだから―――。