奇跡の雪:前編
「あーちゃ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「あーちゃーさぁぁん〜〜〜!!」
泥が生む瘴気の為に荒れ果てた丘の上を、幼子達は一生懸命走ってくる。
ずっと走り続けてきたのだろう。疲労に疲れた凛の足取りは
危なっかしくてしょうがない。
「――――――っ」
だが、アーチャーはあの時のように彼女達の傍へ跳んでいけない。
そんな事をすれば、彼女達は呪力流によって押しつぶされてしまうだろう。
「あーちゃー〜〜〜〜………あっ!!」
石か何かに躓いたのか、勢いよく転ぶ凛。
丘に投げ出された桜はそれにもめげず、姉を助け起こそうと一生懸命になる。
凛はそれを制して立ち上がると桜の手を取って駆け出す。
膝小僧からは血が流れていてとても痛そうだ。
けれど二人の傍にいけない。動けば終わってしまう。
「やだよ〜〜〜〜〜〜〜!!」
「いっちゃやです〜〜〜!!」
二人は瘴気の為に咳き込みながら、一生懸命走ってくる。
その様子に奥歯が砕けるほどに歯噛みするアーチャー。
駄目だ、二人をこれ以上来させるわけにはいかない。
「来るな――――――!!」
「―――!」「―――!」
「これ以上踏み込めば、呪いに感染する!」
だが……そうして声を張り上げた瞬間、ぎょろりと動く竜の瞳。
大きく見開かれていた二つの眼は敵意に眇められ、凛と桜、二人の姿を捉える。
「――――――!」
二人がアーチャーのマスターであると気付かれたのか。
竜は呪力流の放出を止めると、巨大な顎を上方に持ち上げ
子供達に狙いを付ける。
「貴様―――――――――!!!」
残る力を総動員し、二人のいる場所を目指して地を蹴る。
空中で聖骸布を実体化させると竜に魅入られた二人の体に被せ、
小さな体を守るように強く抱きしめる。
「頼む、
ゴガアアアアアアアアアアアッ―――!!!
竜の顎から放たれる呪力流。
アーチャーの周囲に張り巡らされた黄金の輝きが、
抱きしめた子供達もろともアーチャーの身を守り、呪力流を防御する。
だが、先程のように攻撃の出掛かりで分解できない呪力は、
アヴァロンに触れた時点で流れへと変わり、人里のほうへゆっくりと流れていく。
「―――――――――!」
呪力流が到達すれば深山町は地獄と化すだろう。
もう猶予は―――無い。
腕の中に抱いた凛と桜の顔を見つめる。
アヴァロンに守られてるとはいえとても怖いのだろう、肩を震わせて抱き合う二人。
だが迫る脅威を目前に捉えながらも、その瞳はアーチャーを見つめたまま動かない。
それが嬉しくて、申し訳なくて、二人の赤いほっぺたを優しく撫でる。
―――ごめんな。そして……
「凛、桜」
「あ………………」
「え………………」
「ありがとう」
二人を地に下ろすと、踵を返し竜を睨みつける。
向かうは呪力流を放ち続ける黒い竜。その力、全て叩き返してやる。
魂へと手を伸ばし、最後の力を開放しようと意識の深奥へと潜る。
だが―――
「や………やだぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜!」
「しんじゃやです〜〜〜〜〜〜〜!」
空になりかけた器に突如として流れ込む膨大な魔力。
迸る魔力は二人に繋がるラインから送られるもの。
これは―――マスターからの強制供給か?
「………………っ!?」
「わああああああぁぁん! や、やくそくしたんだもん!
いっしょにいるって、やくそくしたんだもん〜〜〜〜!」
「びええぇぇぇぇん! いっしょがいいんです〜〜〜〜!」
「た………たわけっ、やめるんだ!
そんな無茶な魔力供給をすれば君達は………!」
「ば、ばか――――――!!
わたしたち、あーちゃーのなんなのっっ!」
「わたしたちは………あーちゃーさんのますたーなんですっ!
ずっといっしょの………だいじなひとなんです〜〜〜!」
「――――――っ」
泣き叫ぶ二人の言葉はアーチャーの胸に突き刺さる。
私のマスター。………大事な、人。
「くるしかったらそうだんしてよ〜〜〜!
たりないものがあったらいってよぉ!
まもられてるだけじゃやだよぅ! わたしだって、
あーちゃーのちからになりたいの!!」
「ずっといっしょにいたいんですっ!
いっぱい、おひさまえがお、くれたからっ………
あーちゃーさんのこと、だいすきだからっ!
わたしも、あーちゃーさんのこと、しあわせにしたいんですっ!!」
「――――――」
それは、アーチャー以外には意味の無い言葉。
アーチャーの為だけに宛てられた、世界に一つしかない言葉。
「ぐすっ………だから、いっしょにいてよぉ!
そ、それとも………あーちゃーは、さーばんとだから………
わたしたちのそばに………いるの?」
「………!」
「わたしは………わたしはちがうよぅ!
わたしはあーちゃーのことすきだもん!
だいすきだからそばにいてほしいんだもん!
あ、あーちゃーはちがうの………? ぎむだから、さーばんとだから………
そ、そばにいるの………?」
彼女達の傍にいるのは義務なのか。
サーヴァントだから、ここにいるのか。
いずれ消え去るから、それまでの間守れればいいと。
そんな冷淡な気持ちで………二人を守りたいと。
お前は考えていたのか。
「――――――違う」
それは、違う。
二人と過ごした忙しくも優しい日々。
笑顔の日もあれば、泣き顔を見る日もあった。
日々の全てが楽しかった事ばかりじゃない。
大変な事も、怒りたくなる様な事もあった。
けれど。
そうして過ごした日々がとても幸福で、
何にも変えがたい尊いものだったと。
おまえは知っているだろう―――?
「私は………」
そう、だからこそ二人を守りたいと思った。
この子達を未来へ送り届けたいと思った。
その為になれるのなら、どんな努力とて厭う気持ちは無かった。
ああ、それは。
義務や肩書きから生まれる思いでは無いだろう。
「君達と……君達と生きる毎日が」
死を選ばねばならない時、胸に走る強い痛み。
君たちと別れねばならない時に感じるこの悲しみは。
―――君達と共に生きていきたいと。
そう感じるからこそ、生まれる痛みなんだ。
「……好きなんだ」
家政夫と一緒編第四部その43。
それは、小さなものだ。
誰にでも手に入る、誰の中にもある、ちっぽけなものだ。
けれど―――だからこそ。
その願いは神様にも叶えられない。
この世界で最も弱い者達だけが持つ、最も大きな力。
どんな氷も溶かす、元気の魔法。
一人ぼっちの赤い騎士は、願いの果てに辿り着いた世界で。
その力を……取り戻したのだ―――。