ゴバアアアアッ―――ギイインッ!!


黄金と暗黒がぶつかり合い深山の山々を明るく染める。
竜の口から放たれた呪力弾……否、呪力流はちっぽけな人間など
一瞬で滅ぼすはずだった。―――だが。


「おおおおおっ!!」


黄金の光に包まれたアーチャーは呪力流を受けてなお健在であり、
それどころか、竜の鼻先で放たれた呪力流を分解していた。

―――伝承に曰く、聖剣の鞘は主に降りかかるありとあらゆる脅威から
その体を守り、一切の血を流させる事が無いという。

腕を呪力流に突き込み、溢れる黄金の光で無限の呪いを分解する彼の体には
呪いの侵食は一切見られない。
真名を以って開放されたアヴァロンは、アーチャーの身を
呪力、物理の両面から完全に守り、体当たりによる魔術分解という
蛮行を支えていた。


ガオオオオオオオオオオオオッ!!


目前の羽虫に苛立ちを募らせたのか、黒い竜は顎から迸る
呪力流をそのままに、巨大な豪腕を振るう。

「おおおっ!!」

だが、放たれた圧倒的質量すらも魔法の域に達した魔術礼装を貫けない。
アーチャーへと振り下ろされた豪腕は、
金色に光る彼の左腕一本によって受け止められていた。
その効力は最早物理法則すらも超越し、ただ“主を傷つけない”という
効果を頑ななまでに貫いている。


ガアアアアアアアアアアアッ!!


目前の無茶を黒い竜は許容できない。
止められた豪腕を何度も振るい、アーチャーを叩き潰そうと連打を浴びせる。
無論、いくら攻撃を浴びせようとも金色に輝く体は傷一つ付かない。

「………………っ」

だが―――竜の攻撃を受けとめるアーチャーの顔は苦悶に歪む。
魔術は等価交換である。無茶をやるならばそれなりの代償を
払わねばならない。竜の一撃がアーチャーに突き刺さるたび、
残る魔力はどんどん削られていく。

「ぐ………おおおっ!!」

余力を振り絞り、竜の攻撃を受ける左手にカラドボルクを投影する。
唸る巨腕にあわせて鋭い切っ先のカウンター。螺旋剣が根元まで
突き刺さったのを確認し、爆発させる。


ゴアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


その一撃で半壊する竜の右腕。これで無用な魔力の消耗は
抑えられそうだが、今の攻防でアーチャーの魔力は底を付きかけていた。

「………………っ!」

薄れていく身体感覚に恐怖を覚える。
セイバーが大聖杯を討つまでは、竜の侵攻を止めなければならない。
―――たとえ、この命を失う事になろうとも。


『………………っ』


眠る二人の顔を思い出し、胸を痛める。
あの幸せそうな顔をもう見れないのだと、
そう思うだけでとても―――胸が苦しい。



『………………すまん』



心の中で二人に謝り、覚悟を決めると
尽きかけた魔力のその向こう側にある世界に手を伸ばす。
その先にあるのは、この冬木の術式が求める英霊を構成する核たるもの。
アーチャーの魂、そのものだ。

英霊の魂は普通の人間の魂よりも巨大な密度を持つ。
彼らが人類を超越した魔術行使や身体運用を可能とするのは
ひとえに身体を構成するための核たる“魂”が並外れた性能を持つ故である。

その魂を開放する。
そうすれば、エミヤという英霊の構成と引き換えに
強大な魔力を一度だけ得る事が出来る。
その魔力で、アヴァロンの奥にある担い手だけが扱える力を
引き出せれば……アーチャーの勝ちだ。

魔道の深遠、根源に程近い場所。
魔術師の誰もが欲するその場所へと潜っていく。
アーチャーにとっては忌むべき場所だが、
そこに至れた力のお陰で君達を救えるなら。
―――それでいい。



「…………………ゃー……………!」



だがその時。
意識の深奥、彼以外に誰もいない世界の果てに―――届く声。


「………………!?」


その声が誰のものなのか、アーチャーはよく知っている。


「………あーちゃ〜〜!」
「………あーちゃーさぁ〜ん!!」


聞き間違えるはずも無い、守るべき人達の声。
それは冬木大橋の再現。死を賭した突貫を行おうとしたアーチャーの耳に届いた、
この世界へ繋ぎ止める、優しい声。

その声は、魂に届くあと一歩というところで。
アーチャーの手よりも先に魂を鷲掴みにした。


「……………っ」


その瞬間、消えゆく身体を支える暖かい流れが生まれる。
それは誰よりも守らねばならない人達が、自分の傍に来た証。

後ろに目を向ける。桜を抱えて、丘の上を一生懸命駆けてくる凛の姿。
枯れた木にスカートを引っ掛けても、張り出た根で転びそうになっても、
二人はアーチャーだけを見つめて……一生懸命駆けて来る。



「…………凛…………桜――――――!」



家政夫と一緒編第四部その42。
笑顔を守りたいと旅立った男は、その理想ゆえに孤独を選んだ。
誰かの命を奪う事も、誰かの為に命を賭けることも、
男は誰かに強いる事を良しとしなかった。
それ故に、千の罪と千の罰は男の上に圧し掛かる。

―――彼は、自分を許せない。

罪も罰も自分だけのもの。その重みからは逃れられない。
舞い落ちる冷たい業は、少しづつ少しづつ降り積もり。

いつしか男の体を押しつぶしていた―――。