絶対者



―――キュン―――ザガッ!


宙を走る無数の線が森の構造物を易々と切断する。
その攻撃を時に地形そのもので防ぎ、時に予備動作から
見切って避けながら、アーチャーは構えた弓から魔弾を射撃する。
轟音を上げて竜の皮膚で炸裂する魔弾。
だが、炸裂した魔力爆発は黒い皮膚の表面を
吹き飛ばすのみで、有効打にはなり得ない。

「ちっ………」

攻撃による打倒が最終目的ではないとはいえ、
こちらの攻撃によって全く疲弊しない竜との戦いは、
万全の魔力状態ではないアーチャーにとっていずれ危険なものになる。
敵を見据え、大きく距離をとるように跳躍すると、
木々の陰に忍びつつ竜の出方を窺う。


―――ブンッ、ゴガアアアアッ!!


「………くっ………」

竜の腕が山肌を打ち、吹き飛ぶ木々と岩塊が眼前を覆う。
遮蔽物にまぎれて逃げるアーチャーを、山肌に這い蹲った
竜の顎から放たれる呪力弾が狙い撃ちにする。


ドシャッ!! バシャアアンッ!!


直撃こそ避けるものの、飛び散る飛沫のいくつかは体に降りかかり、
強烈な呪いが霊体にダメージを与えてくる。
苦痛に顔を歪めて走るアーチャーは竜を視界に捉えて舌打ちする。
如何に強力ではあっても竜自体の性能はさほど恐ろしいものではない。
問題は攻撃に付加された呪いそのものである。


―――英霊とは、人の身で精霊に迫る性能を得た存在である。
星の触覚である精霊種は、敵対する存在に対し
その数値を上回るように存在するため、勝利を得る事は不可能に近い。
人の抑止である英霊もまた、敵対する存在を排除するため
人の器を大きく越えた能力を与えられる事になる。
即ち、英霊が英霊である以上、
並みの攻撃方法で彼らを死に至らしめることは出来ない。

“サーヴァントの相手はサーヴァントが行う”。

その謳い文句は、英霊という存在が
因果を曲げうる超絶の能力を備える故に生まれる必然。
いくら強力であろうとも、単純物理の攻撃しか行わない
竜の戦闘能力は、防御に関して類まれな技能を持つアーチャーにとって、
脅威にはなっても必殺にはなりえない筈だった。

だが、アンリマユという英霊が持つ属性、“呪詛”。
それはアラヤの魔力によって構成される
理想存在“英霊”にとって致死の毒となり、彼らを殺す必殺の一刺しとなる。


呪いによって汚染された土地は触れれば犯される毒の沼に変わり
進む進路を徐々に削る。放たれる飛沫は霧となり、
呼吸をするアーチャーの体内を徐々に苛んでいく。
そうして、運動能力や行動地域が限定されたところに放たれる
豪腕での攻撃は、竜の活動圏を徐々に人里へと近づけ、
呪力弾や水の刃による二次被害を深山のほうまで伸ばしていく。

『どうする………このままでは拙い』

彼を倒せるか否かは大聖杯へと向かったセイバーにかかっている。
時折竜が見せる苦悶の動きはその働きもあるのだろう。
セイバーが大聖杯に対し迫れば迫るほど有利になるこの戦いはいわば
タイムリミット付きの戦いであり、アーチャー達に有利ともいえる。

だが、このまま圧され続ければ被害は深山町にも拡大し、未曾有の災害となって
人里を苛むだろう。それだけはなんとしても食い止めなくてはならない。
とはいえ、アーチャーの魔力ではアンリマユの足を止めるので
精一杯であり、押し戻す事など到底不可能。如何にして対処するべきか。

放たれる攻撃を紙一重で回避し続ける波打ち際の攻防。
苛烈な攻撃を繰り出し続けていた竜の動きが
唐突に―――止まった。


「――――――?」


竜は空を見上げ、鼻を鳴らすように首を動かす。
まるで、標的を匂いで追う警察犬のような仕草。
その仕草に不吉なものを感じたアーチャーは竜の動きに対するため
神経を尖らせる。
そんなアーチャーの動きなど眼中に無いといった風情で、
竜は遠い場所を見つめるように首を上げると。

その目を細め―――変わった・・・・



―――ゾクリ。



その仕草に思わず背筋を寒くする。
別段、形態が変わったわけではない。
竜が見せた変化がまるで、腹をすかせた肉食動物が
獲物を見つけた時のような―――
狩猟本能を剥き出しにするものに見えたからだ。


『―――拙い』


竜の見せた変化をアーチャーは知っていた。
世界に道具として取り込まれた際に与えられた数多くの情報のうち、
本能的な忌避として刷り込まれた戒律。
それは、絶対的な勝利を望めない存在に対しての備え。

幻想種や魔獣、そういったカテゴライズを持つ存在の中には稀に、
特定の目標に対して圧倒的なアドバンテージを有するモノが存在する。
彼らは行動を起こす際に意思を必要としない。
自らを行動目的に対して自動化させ、
“あるモノ”と対する際に絶対的な力を誇る兵器へと自身を昇華する。

アーチャーが竜に見出した変化は、そうした優れた攻性生物が
特定目的の際に見せる変化と同種のもの。
アンリマユはおそらく見つけたのだろう。
自身を脅かすモノを存在せしめている因子の在り処を。


「――――――」


それはアーチャーではない。
竜の内で潰しきれない癌となっているセイバーの事だ。
そして、セイバーを存在させている因子とは何か―――。



―――グオオオオオオオオオオッ!!!



僅かな逡巡の間に現れた巨大な変化。
黒い竜は対するアーチャーに構うことなく山肌を踏み南へと向かう。
先ほどまで対処できていた動きの隙は微塵も無い。
慌てて攻撃を仕掛けるが、巨体が持つ圧倒的質量は
アーチャーの攻撃力では止めようも無いものだ。

「くそっ―――!!」

もう余裕などどこにも無かった。持てる全力を以って
アーチャーは南へと走る。


南―――即ち切継達と、子供達のいる洋館。


アンリマユはセイバーのマスターである切継を殺すため、
その殺戮性能を全開にして行動を開始した―――。



家政夫と一緒編第四部その37。
彼は人類にとっての敵対者として望まれ、
存在することを許された概念だった。
それ故に、彼が持つ人類に対しての殺戮能力は
絶対性を約束されたものであり、明確な質量を持った今
ようやく復讐の矛先を得るに至る。

狙うは自らを犯す害毒の主。
彼がニンゲンだというのならば、その爪に引き裂けぬものなし。