
足を止めて
穏やかな笑みを浮かべアーチャーを見上げるセイバー。
彼女の視線はまるで……頑なだったセイバーを見つめる
アーチャー自身の視線のようである。
「……貴方は今、私が死を賭した選択をするぐらいならば、
自分が同じ方法をとるべきだ、と―――そう考えているのではないですか?」
「――――――!」
「やはり図星ですか」
呆れたように溜息をつくセイバー。
胸を張り、アーチャーを見上げると眉を寄せて睨みつけてくる。
「アーチャー、貴方は大空洞での戦いの際私に気付かせてくれました。
命を賭し、その果てで都合のいい未来を願うよりも。
最後まで生き抜き、自らの歩んだ道を全うするべきだと」
「………………」
「それはアーチャー、あなた自身にもいえることではないのですか?」
「…………………。………だが」
眉を寄せ困ったようにセイバーを見つめ返す。
確かにセイバーの言うとおりだ。だが、それでも目の前で誰かが死ぬのは
耐えられない。
誰かが命を賭けなければならないのならば、自分自身がその助けになれればいい。
それはエミヤ自身が貫いてきた最も核となる部分だ。今更変えられる筈も無い。
「………貴方は、自他共に厳しい人だ。
それ故に目に映る全ての理不尽を許せない。曲がった事も、
そして誰かが死ななければならないという現実も、許す事が出来ないのでしょう。
それは、誰かの責務を負おうとしている貴方自身にも言えることだ」
「………………」
「確かに、誰かの為、何かの為に生きていくということは
責務を負いながら生きていくことだ。誰かが命を賭けるべき場所で
その責務を負うのならば、貴方自身も命を賭けねばならなくなる。
………………けれど」
アーチャーの胸にこつりと拳を当て、セイバーは苦笑を浮かべる。
「貴方に何かを遺し、消えていったもの。
救えなかったもの、そして―――守れたもの。
その全てが、貴方に何かを強いているわけでは………ないのですよ」
「――――――え?」
目を丸くするアーチャーを見てセイバーは笑う。
「私は………貴方に死んで欲しくない。
貴方が幼子達と共に歩く未来を望んでいます。
それなのに、貴方は幼子達を捨てて、私の願いを踏みにじっても
死地へ赴こうというのですか?」
「………そ、それは詭弁だろう」
「………では、他者の業に殉じようとするその戦いの根拠は、
貴方を待つ人々に対しての詭弁ではないと?」
「………………っ」
ぐうの音もでない。
誰よりも命を救いたいと願う人間が、
誰かの為に自分の命を救わないという矛盾。
彼には自身の幸福を願う意思が無い。
その為に生きていくという選択肢が無い。
誰かを救う為だけに生き、その為に殉じられるという異常性は、
彼自身を想う全ての人間の思いを蔑ろにするという事に
他ならないのだ―――。
「………騎士王、大層弁が立つな」
「そうでなければ海千山千の諸侯たちを相手には出来ません」
そう言って笑うと、
くるりと半回転して踵を返し、花壇に腰掛けるセイバー。
「………ふふ。
実際のところ、私の言った事は貴方の言うとおり詭弁に過ぎません。
大事なのは………誰かの持ち物を量ることではない」
「………………?」
「自分自身のことでしょう。
ただ目の前のモノを大切に出来るか出来ないか。
ただそれだけの事でしょう。
そこには理由も根拠も必要ない。ただ守りたいものの為に生きていく。
それだけでしょう」
上目遣いにアーチャーを見つめると優しく微笑んでくるセイバー。
その笑顔が例えようも無く美しくて、儚くて。
アーチャーはきつく拳を握り締める。
「私は………随分と長い間、大切な人達を待たせてしまいました。
私は彼らに応えなくてはならない。彼らの労を労ってやらねばならない。
そして―――ログレスを守る夢を共に支えてくれた事に、
感謝を示さねばならないのです。
アーチャー、だから私は死にに往くのではありません」
「………………!」
「愛する大切な故郷へと、
その瞬間、気が付いてしまった。
自分には彼女を止められない事に。
「………っ、セイバー………」
「アーチャー、貴方の生き方を私は好ましく思う。
貴方は私たちにどれほど抗われようと、その想いを変えようとはしなかった。
そうして―――私たちを救ってくれました。
貴方がいなければ、この場所で死んでゆく者達はもっと多かった事でしょう。
そのやり方は間違ってはいない。誇るべきものだ」
「………………」
「けれど、道の形は一つではない。救いの形もまた、一つではないはずだ。
貴方も私も、美しいと思えた灯火を見失わなければ。
きっと、急がなくてもいい。時には足を止めて空を見上げてもいい。
この場所で、この時代で、救えるものの為に生きても―――いいのでしょう」
セイバーを見つめるアーチャーの頬に冷たい感触が一つ生まれる。
見上げれば、曇天の空から舞い落ちる白。
季節は晩秋。けれど常冬の冬木ゆえに降る、早い雪。
「………降ってきましたね」
「ああ………降ってきたな」
雪は二人の会話を遮る様に、しんしん、しんしんと舞い降りてくる。
言葉の全てを納得できたわけではない。
自分はきっと―――命を賭けるべき時には迷わず賭けるだろう。
この命は、救うべき誰かの為に。
その為に戦うと、自分だけが生き残ったあの大火災の日に決めたのだ。
「それでは………先に行っています、アーチャー」
「………ああ」
立ち上がり、切嗣とアイリスが眠る部屋へと歩き出すセイバー。
彼女を見送り花壇に腰掛けると、暗い空を見上げ眉を顰める。
―――その時が来た時。
自分には“その”選択をする資格があるのだろうか―――と。
家政夫と一緒編第四部その33。
災厄を片付け、誰に省みられる事も無く消えていくのが彼の定め。
この場所にとどまる事も、自分の内存魔力が尽きるまでが限界だ。
幼い二人の為に消えて朽ちるのが最良。
それは動かない。それ故に―――アーチャーは命を賭けられる。
けれど。
セイバーは笑顔を返してもいいといった。
灯火を見失わなければ、貴方はここにいてもいいのだと。
―――そんな事が、果たして自分に許されるのか。
誰かの未来を傷つけ、それでもこの場所に残るという選択が、
自分には許されるのだろうか―――と。