同じ空


ゴゴゴゴゴゴゴ………………


瘴気を孕んだ風が肌に絡みつくように流れていく。
濁る大気は呪いの泥が地表を犯し始めている影響か。
アーチャーは屋敷の屋根から、真っ暗な霧に覆われた山を見つめ背筋を寒くする。
忌むべき呪いの泥は大空洞から龍脈を通じ外へ出ようとしているのだろう。
このままだと冬木の霊脈はアンリマユに犯され、霊穴という霊穴から
呪いの泥を噴出すことになる。

急激に悪化していく状況に怖気を感じながら、洋館の屋根から飛び降りる。
脱出行から四時間、切嗣の治療は終わっただろうか。


「セイバー」

洋館の花壇に腰掛けているセイバーを見つけ声をかける。
アーチャーの姿に気付くと微笑みを浮かべるセイバー。

「治療は上手くいったようだな」
「はい。あの様子ならばじきに目が覚めるでしょう。
さすがはアインツベルンの聖女です、彼女の手腕には舌を巻きました」
「そうか………良かった」

心底安心して息を吐く。どうやら切嗣のことも救えたらしい。
いや、救えたなどとは傲慢か。これは多くの願いが生んだ結果。
大切な人を守ろうという願いが手繰り寄せた尊い結果だ。
自分ひとりだけでは作れなかっただろう結果に
嬉しそうに表情を和ませるアーチャー。
その様を不思議そうな顔で見つめていたセイバーは彼に尋ねる。

「アーチャー、一つ聞いても良いですか?」
「………ん? どうした」
「貴方は何故、そこまで私たちに執心するのですか?
貴方が多くの人を救いたいという志を抱いていることは
貴方自身が貫いてきた行動から理解できました。
ですが、私たちに対する貴方の感情は………
どうもそれだけでは無いように思える」

顔に疑問符を浮かべる彼女に苦笑を返す。
きっと説明しても信じてはもらえないだろう。アーチャー自身ですら
此度の邂逅を信じられないのだから。

「そうだな………君たちがあまりに不器用で見ていられなかったから、
というのはどうかね?」
「全く………それを貴方にだけは言われたくありません」
「………そうかね?」
「―――そうです!」
「―――く………くくく………」
「………ふふ………」


そうして、穏やかな顔で笑いあう二人。
その様はまるで、互いを尊びあった在りし日の少年と少女のようだったが、
当の二人はそれに気付かない。

少年はもう、あの日の少年ではなく。
少女はあの日に辿り着いてすらいなかった。

だが、それでいいのだろう。もとより二人は違う道を選んだ。
互いに目指すべき未来があり、その為に前を向いて進んでいくことを誓った。
そうして進む尊い思いを取り戻した今、他には何も要らない。
同じ空を見上げられるのならば、それでいいのだ。


「………さて、アーチャー。話があるのでしょう?」
「さすがに聡いな。偵察を済ませてきたが、もう時間が無い。
君が言っていた策というものを聞かせてもらいたい」
「判りました」

一つ頷くと、セイバーは自らの胸の内に手を差し込む。
淡い光と共に出現したのは光り輝く美しい鞘。

「………それは」
「聖剣の鞘―――アヴァロン。妖精境の名を冠した究極の防御宝具です」
「………………」

聖剣の鞘アヴァロン。
切嗣の傷を癒し、驚異的な再生能力を見せ付けた防御宝具。
だが、強力な治癒能力は鞘の力の一端でしかない事をアーチャーは“知っている”。

「そして私の剣、エクスカリバー。
この二つが戻った今、私に突破できない戦陣は無く、断てないものは存在しない」
「………まさか、セイバー」
「はい。泥の海を突破し、大聖杯の術式に直接聖剣を叩きつけます」

セイバーの答えに絶句する。その攻略法が持つ意味を判って言っているのだろうか。

「………君の身の内にはその二つを同時に起動する魔力は
残っていないのだろう」
「はい」
「往けば確実に―――消滅する。それを判って言っているのか?」
「はい」

あまりにも濁りの無い透き通った答え。
聖杯を断つための刃となろうとする彼女の意思に、アーチャーは深く眉を寄せる。
そんなアーチャーの視線をセイバーは微笑んで受け止めると、
花壇から腰を上げ、背伸びをして眉間に手を伸ばしてくる。

「………貴方はいつも誰かの心配ばかりだ。
だからこんなにも深い皺が刻まれてしまったのですね」
「………セイバー」
「アーチャー、貴方が思い出させてくれた答えに
私は何の後悔もありません。
ですから、この場に残ることに未練は無いのです」
「………………」
「何よりも、これは貴方に対する恩返しでもあるのですよ」
「―――何?」

恩返し―――?
なんとも聞き慣れない言葉にアーチャーは戸惑いの色を浮かべる。
目を丸くする彼に苦笑を浮かべると、セイバーは一歩後ろに下がり口を開く。

「ふふ。それが貴方の美徳なのかもしれませんが………」
「………………?」
「今度は、私の番です」



家政夫と一緒編第四部その32。
弓兵は奇跡を信じない。
けれど、奇跡とは本来誰もが思わなかった場所に
ほんの少しだけ顔を見せるもの。
これは、神様がくれた気まぐれ。
大切な思いを確認するための、ほんのひと時の邂逅。