Interlude10-4:帰ってきたら


◇  ◇  ◇  ◇



燃え上がる炎が漆黒の曇天を明るく染める。
炎が焼くのは丘に積み上げられた多くの亡骸。
そして、この地で行われた“根源”へ到達しようとする魔術の痕跡だ。
屍を焼く生臭い煙が丘を覆い尽くす中、消えかけの体を抱いて丘の上に立つ赤い騎士。
彼の顔にはおよそ感情と呼べるものは浮かんでいない。

道具に感情は不要だ。
そうあれと作られたものに意思など必要無い。
刃物然り、盾然り。世界の道具となった守護者然り、だ。

だが。
その光景を遠く離れた場所から見ていた幼子達には、
騎士の何も映さぬ表情が、酷く悲しく、泣き叫んでいるものに見えた―――。



「………………い………おい、大丈夫か?」



―――ガバッ。

自分を呼びかける優しい声に導かれ、凛は洋館のベッドの上で目覚めた。
目の前には大好きなアーチャーの顔。その顔には
驚いたような色が浮かんでいるだけで、夢の中で見た
無感動で冷徹な表情も、慟哭に歪んだ悲しい色も浮かんではいなかった。

「うう………うーーーーーー!」
「………っと、どうした」

それがとても不安な事に思えて、凛はアーチャーの
胸に飛び込みその胸に縋りつく。
この胸を離したらいけない。訳のわからない焦燥が胸を焦がしている。
アーチャーは一瞬驚いた顔になったが、怖い夢でも見たと思ったのか、
むずかるように胸に顔を埋めてくる凛の背をぽんぽんと優しく叩いてくる。

「大丈夫だ。どんな夢を見たのかは知らんが、私はここにいるぞ」
「ううううう………」
「やれやれ………桜も酷い寝汗だな。おい、桜、桜」
「うう………………う………?」
「大丈夫か、うなされていたぞ?」
「あ、あーちゃーさん?
うう………うええぇぇん!」

二度目ともなると手馴れたものか、アーチャーは胸に飛び込んでくる桜を
抱きとめ苦笑しながらその頭を撫でてやる。
桜も同じ夢を見ていたのだろうか。その泣き顔には
凛と同じ種類の焦燥が浮かんでおり、アーチャーの外套を
強く握る手は離す気配を見せない。

「やれやれ、労を労ってもらえるかと思いきや………
仕方の無いマスター達だな」
「うーーーー!」
「うえええええん!」

凛達を宥める彼の顔には、いつもどおりの苦笑がひとつ。
それが嬉しくて、何処か不安で、凛達は騎士の外套を
いっそう強く握り締めるのだった



そうして数十分。顔を赤くして居住まいを正した凛は、
咳払い一つアーチャーと向かい合う。

「そ、それで。どーだったの、あーちゃー?」
「くく………今更取り繕っても仕方が無いと思うが」

苦笑一つ座った椅子の背にもたれかかるアーチャー。
偵察後だというのに、いつもどおりの佇まいには疲れなど一つも見えない。


―――地下大空洞からの脱出劇の後、凛達は傷ついた衛宮切嗣と
アイリスフィールの治療を行うため、柳洞寺を離れ洋館街の一角に在る
無人の洋館に辿り着いた。
セイバーとアイリスは切嗣の治療の為一室にこもり、
その間アーチャーは右腕に融合した聖剣の摘出を行った後、
アンリマユの動向を探るために偵察に出かけていたのである。


「い、いいの! それでどーだったのよ」
「ふ………安心したまえ。アンリマユは必ず倒してみせる」

そう言って笑うアーチャーの顔を見て不安になる凛。
彼の答えが欲していたものではなかったからだ。

「あーちゃーさん………」
「ん? どうした桜」
「………あの、ほんとに………ほんとにかてますよね?
あーちゃーさん………もどってきますよね?」
「――――――ああ」

桜の真摯な瞳に見つめられ、答えを返すアーチャー。
だが、答えを返す間に生まれた一瞬の沈黙。
誰にも気付けない程の刹那に含まれた意味を、
彼と共に暮らし、彼だけを見て過ごしてきた幼子達だけは
気付いてしまった。


―――この戦いが彼が言うほどに楽なものではなく。
きっと絶望的なものであることに。


「あ、あーちゃー………」
「あーちゃーさん………」
「………なんだなんだ、どうしたんだ二人とも。
私が君たちに出来ない約束をした事があるか?」

出来ない約束はしない。確かにそうだ。
アーチャーはいつだって自分たちの為に頑張ってくれたし、
その為に全力を傾けてくれた。
だがそれ故に、凛の胸には強い不安が在る。

彼の守護は、まるで自分の命を厭わないようで。
一番大切なものを守るために自分を蔑ろにしているようで。
戦いの後―――何処かに行ってしまいそうで、怖くて仕方が無い。

「やれやれ………アンリマユの毒気にでも中てられたかな。
そら、疲れているんだ。もうひと眠りするといい」
「うう………やだぁ………」
「やです………」
「聞き分けが無いマスター殿だな。
ふむ………騎士にとっての最上の褒美とは何か、知っているかね?」
「え………なに?」「ふえ………?」

目を丸くする二人に対し、茶目っ気たっぷりに片目を瞑り笑うアーチャー。

「それはな、美姫の笑顔だ。守った人間が幸せに微笑んでくれる事だ。
君達は………まあ美姫というには少々ちんちくりんではあるが………」
「う………ひどーい!」
「ひどいですー!」
「………それでもな。
帰ってきた時、元気な笑顔が迎えてくれるならば。
君たちが待っていてくれるなら、それ以上の褒美は存在しない。
その為にならば、私の力も百人力というものだ」
「う………? わたしたちがげんきだと、あーちゃーもつよくなれるの?」
「ですか?」
「その通りだ。まあ実際のところよく休んでよく眠れば、
君たちの魔力も回復するしな。
そうなれば私の使える魔力幅も増え、生存率が上がるというわけだ。
どうだ、文句があるかね?」
「さいごのがなければなー………。70てん」
「うー」
「む………これは失態だったな」

苦笑を浮かべ頭を掻くアーチャー。つられて凛達も笑う。
気が付けば胸の内にあった不安は薄れていた。

「そら、判ってくれたのならば寝るといい」
「うん………。ね、ねるまでそばにいてくれる?」
「あ、おうた、おうたうたってください!」
「それはもう勘弁してくれ………。その代わり寝るまでは傍にいるから」
「くしし………あーちゃーのうた、もういっかいききたいなー♪」
「ききたいですー♪」
「あー、さっさと寝ないのならば出て行くぞ!」
「あーうそうそうそ! ねまーす!」
「おやすみなさーい」

慌てて布団を被る二人。
毛布の中で顔を見合わせ、お互いにくすくすと笑いあう。
毛布の外では溜息をつくアーチャーの気配。少し苛め過ぎたらしい。

「眠ったかー」
「まだー」「まだですよー」
「………………………。眠ったかー」
「………まだー」「………あうー」
「………………………………。眠ったか………?」
「………………………」
「………………むにゃ」
「………ふ」

ベッドの傍から大きな気配離れていく。
その事を夢現の中で寂しく思う凛。

『めがさめたら………いつもみたいにねぼすけ、おきろーって………
おこってくれるよね………あーちゃー………』

体が疲れていてとてもとても眠い。
それ故か、まどろみの中に落ちてゆく凛は、父からもらった
大切な言葉を失念してしまう。


『大切なものを見つけたのなら、決して手を離すな。
そうして進む限り……どんな未来だって掴むことが出来る』


ああそれは、アーチャーと同じように。
大切なモノを守るために命を投げ打てる時臣ゆえに
気付いた事だったのか。


弓兵は遠ざかる。
小さな二人を守るために、手の届く場所から遠ざかっていく―――。



―――Interlude out



家政夫と一緒編第四部その31。Interlude10-4。
夢を追って走り始めたときから、騎士はいつだって
自分よりも他の誰かを守るために命を賭けてきた。
それは英雄ドウグとなってからも変わらない。
たくさんの人を守る為、自分の命と彼らの幸福を
引き換えにするかのようにがむしゃらに戦った。

それ故に。
最後の最後、その選択を迫られたとき。



―――彼は己を選ばない・・・・・・・・