Interlude10-2:試練


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走るセダンの後部座席で、遠坂時臣は目を覚ました。

「―――ここは………」
「動くな、遠坂時臣」

目前には霊媒治療中の言峰璃正神父の姿。
どうやら後部座席に寝かされているらしい。

「お目覚めですか、師父」
「綺礼もいるのか。聖杯戦争はどうなった?」
「車外後方を探ればお判りになるかと」

目を瞑れば探るまでも無く存在を主張する魔力の波動。
強い力の波は北西の方向から強く感じる。
その方向にあるのは―――柳洞寺。

「―――聖杯が顕現したのか」
「少々攻撃的な気が強すぎるがね。
それにしても遠坂時臣。まさかマスターとして参加していないとは」
「………む」
「やれやれ………まあ済んだことだ。生きて再会できたことをよしとしようか」
「………面目ない」
「くく、師父もそろそろ引退を考えられては?」
「……相変わらず底意地が悪いな、綺礼」

そう言って苦虫を噛み潰したような表情になると、山の方角を睨み黙り込む。
聖杯が顕現したとなると、大聖杯の破壊を目指すアーチャーの目論見は
外れつつあるということになる。だとすれば、彼は身命を投げ打っても
顕現した聖杯を破壊にかかるだろう。

そうなれば―――どうなるのか。時臣は娘たちのことを考える。
娘たちの為に、戦えない自分に何が出来るか。

「気になりますか」
「おまえとてそうだろう、綺礼」
「………魔術を修めた者にとって、この戦いの趨勢に興味の無い者は居ないでしょう」

少し言い淀んだ綺礼の顔をバックミラー越しに見つめる。
彼の視線には何も映っていないが………
何故か自らの内にあるものと同じ質のものを、その表情から感じとった。

「選ばれなかった事を………悔やんでいるのか、綺礼」
「――――――!」

その言葉に僅かな動揺を見せる綺礼。
未だ年若い弟子の在り様に苦笑を浮かべながら、時臣は言葉を紡ぐ。

「………綺礼。主は誰の上にも等しく試練を課される。
私はその事を今回の件で思い知った」
「………………?」
「確かに私たちは選ばれなかった。だが、主は私たちに
機会を与えなかったわけではない。
起こっている事柄に対して、それに関わる全ての人間は常に
多くの事を試される。我々は常にこの心を試されているのだ」
「………………」

その言葉が不満なのか再び無表情に戻る綺礼。
師の顔を鏡の内に捉えて、身の内にある迷いを言葉に変える。

「………戦いに選ばれなくとも、我々は試練の中にいると?」
「そうだ。少なくとも私は………この戦いで大切なことを学んだ」

曇り始めた深山の空を見つめ呟く時臣。
その口調には悔しげな響きと共に確かに―――何かを確信した
人間が持つ強さが滲んでいた。

「そこまでは悟りきれません、私は」
「それで構わんよ、そのまま進んでいけば良い。
私とてこの年になっても判らないことばかりなのだから」
「………答えを出すには未だ年若いと、そういうことですか」
「………さて。
私に対しても主に対しても、早急に答えを求める事自体
その証拠なのかもしれんぞ、綺礼」

その言葉に難しい顔になる綺礼。苦笑しつつ見つめる時臣。
璃正神父はその様子を目を細めて見守っていたが、
時臣の治療に手を戻し呟く。

「遠坂時臣、あまり話すのも体に良くない。
君の傷は本来なら死してもおかしくないほどのものなのだ。
本格的な治療は教会についてからになる。それまでは休め」
「………いえ。その前に一つ、頼まれて欲しいことがあるのです」
「―――む?」

時臣の言葉に訝る様に眉を潜める璃正。

「君の体を戦えるようにして欲しいという願いならば却下だ。
それこそ奇跡でも持って来ない限り無理な相談だ」
「………そこまでは望みません。しかし、戦えなくなっても
私はあの子たちの親だ。だから、あの子達の為にやれることを
やっておきたいのです」
「ふむ………………」

璃正は目を瞑り、顎に手を当てて考え込むと、
探るような目線で時臣を見つめる。

「監督者は闘争不介入が原則だ。戦争の動向自体には関われんぞ?」
「承知しています」
「私に出来ることといえば秘蹟に関する管理運用や魔術の隠匿程度のことだが、
それでも構わんのか?」
「無論です………というよりも璃正神父、これは貴方にしか出来ないことであり、
頼めないことでもある」
「………そうか。君がそこまで言うのならば手伝わないわけにはいくまい。
わかった、協力しよう」

神父の言葉に安心すると、時臣は静かに目を瞑る。
さて、これは難しい試みだ。果たして自分にこれを成すことが出来るのか。

『………否。それこそ主の試練なのだろう。
私は全力を以って………二人を支えなければならない』

その為に、今は力を溜めておこう。
目を開けばきっと、そこもまた戦場だろうから―――。



家政夫と一緒編第四部その29。Interlude10-2。
生きる意味とは、存在する意味とは何なのか。
その答えを求め、人は足掻き彷徨う。
だが神の教えを以ってしても、万能の奇跡を以ってしても、
無いものに答える事など出来はしない。

それ故に、答えに迷い、それでも進んでいくという道もまた一つの答え。
迷いを切り捨て、何かを諦め、想いを貫き進んでいく鋼の志と同じように、
それもまた一つの選択なのだろう。

道は何処までも続いていく。未来へ進む想いを見失わない限り―――。