Interlude10-1:約束



◇  ◇  ◇  ◇



ゴオオオオオオオオオオオオ………………。


円蔵山を中心とした一帯に低い地鳴りが響き渡る。
それは竜の咆哮とも呼ばれた大空洞が奏でる大地の唸りか。
だが、この振動が文献にある“それ”では無いことを、
老人は深山に漂う忙しい空気から感じ取っていた。

「和尚様」

厳つい男達がばたばたと騒がしい藤村邸の廊下。
西にある柳洞寺の空を見つめながら孫を寝かしつけていた老人に、
ポニーテールを揺らして話しかけてくる少女が一人。

「おお、大河ちゃんか」
「むぐ………名前で呼ばないでってこの前も………」
「大河ちゃんは大河ちゃんじゃろうが。カカカ………」
「和尚様には敵わないなぁ………」

頬を膨らませて老人の隣へと座る大河。
老人が何を見ていたのかとその視線の先を見つめる。

「柳洞寺………ですか。
そういえば、こんな時間にうちに来るなんてどうしたんですか?」
「雷画爺と久々に話したくなってな。
それよりもこの時間にこれだけ慌しい藤村家の方が
ワシには気になるのじゃがね」
「………あ、えっと………」

その事を聞いた途端、ポニーテールを垂らして暗い顔になる大河。

「お爺様のお客人が住んでいたお屋敷で爆発事故があって………」
「………む」
「お客人のお屋敷、事故というには酷い壊れ方していて、
もしかしたら何処かの組のカチコミかもしれないって………」
「ふむ………その人は今?」
「………行方不明………みたいです」

山の天気のように急速に表情を暗くさせていく大河。
涙を零ししゃっくりあげる彼女の背をぽんぽんと優しく叩く。

「大河ちゃんはその人のこと、知っていたのかい?」
「はい………」
「………そうか」
「ぐすっ………その人………優しいけど、寂しそうな人で。
どこか、人を寄せ付けない空気みたいのを持ってて………。
私、たいしたこと喋れなくて………………」
「………うむ」
「事故があったって聞いて………すごく、すごく胸が痛くなって………。
私………切嗣さんのこと好きだったんだって気付いて………。
勇気出して、話しかければ良かったって………っ………すんっ」

いよいよ泣き出してしまった大河の背をよしよしと撫でる。

「まだその人が死んだと決まったわけではあるまい。
悲しい想いは悲しい結果を呼んでしまうんじゃぞ。
ほれ、顔を挙げい。大河ちゃんらしくない」
「うう………はぃぃ………………」
「そ、そうですよお嬢!!」
「自分たちもついてますからっ!!」
「元気出してくださいよお嬢さんっ!!」

突如後ろから聞こえてきた無数のダミ声に驚いて肩を震わす老人と大河。
慌てて振り向くと、藤村組の若い衆が集まり励ましの声を上げていた。

「うう………みんなぁ………」
「ほれ、笑顔じゃ大河ちゃん。
心配する方が心配をされてどうする」
「ぐすっ………そうですね。うっし、わたしも何か出来ること無いか
お父さんのところ行って来ますっ!」
「お嬢さん、さっき邪魔だって怒られたばっかりじゃぁ………」
「うるさい! じっとしてるなんて性に合ってないのっ!
和尚様、零観さん借りますね!」
「おう、もってけもってけ。雷画のとこにおったはずじゃ」

ドタバタと忙しく去っていく彼女を苦笑して見送ると、老人は柳洞寺を見上げる。
人の良さそうなあの男は、子らを守り柳洞寺の何処かを今も走っているのだろうか。

『約束したのじゃ、必ず戻ってくるのじゃぞ………』



◇  ◇  ◇  ◇



新都の住宅街に建つ一戸建ての家屋。
その玄関先から夜の静寂を少しだけ乱すように聞こえる怒鳴り声。

「近頃は物騒だから早く帰ってきなさいとあれほど言ったでしょう!」
「うへっ………かーさんこえおおきいって!」
「少し怒ったくらいじゃ聞かないでしょう!
………もう、良く聞きなさい。あなたがそれを正しい事だって思っても、
周りの人はそう思わない事だってあるのよ?」
「ううう………みみにたこできるよ。わかってるってー!」

玄関口を塞ぐように立ち塞がる母の脇をすり抜け、階段を登っていく少年。

「あっ、待ちなさい! ………んもう………」

その後姿を頬を膨らませて見つめる母親。

「正義の味方〜………だなんて。強くなるのも勉強してくれるのもいいけど、
少し心配だわ………」

彼女は頬に手を当てて大きく溜息をつくと、リビングに向かって踵を返した。


少年は自室に入るとベッドに飛び込み寝っ転がる。

「あーあ。はやくおとなになりたいなぁ………。
おとなになれば、このくらいのじかんでもおこられないですむしなー」

口を尖らせて文句を言う。頬には喧嘩でついたのか大きな痣と、
膝には大きな絆創膏。彼は困っている誰かを助ける為に
毎日走り回っていた。傷はその代償なのだろう。

『………そういえば、パトカーとかいっぱいはしってるよな。
なんかまちのくうきもピリピリしてるし。
デパートでおこったじけんみたいなの、またおこるのかなぁ………?』

それを思い出すとぞっとする。
母は軽症で済んだけれど、父はあの事故で足を骨折してしまっている。
あんな事件はもう起きて欲しくない。

『………おじさん、がんばってるのかなぁ………』

傷ついた広い背中を思い出す。映画の中でしか起こらないような
危険なことが、世の中にあるのだと教えてくれた人。
苦しんでいる人達はたくさんいて、みんなが助けを求めていると、
その傷の深さで語っていた背中。

―――まだまだ足りない。全く足りない。
もっと強く、もっと賢くならなくちゃ。
またあんな事件があったとき、自分は大事な人達を守れない。

「また、あいたいなぁ………」

あの人に教えてもらいたいことがたくさんある。
目指すべき背中、目指すべき世界。自分は多くの事に対してあまりにも無知だ。

「………やくそく、したもんな。にくまんおごってもらうって!
そのときまでにびっくりするぐらいつよくなって、
おじさんをおどろかせるとするかっ!」

気合一発、握りこぶしを固めてベットから跳ね起きると、
机に向かって勉強を開始する。

目指す理想は遠く―――けれど近く。
その人ともう一度会える日を、少年は心待ちにしていた。



家政夫と一緒編第四部その28。Interlude10-1。
約束は人と人を繋ぐ。その絆が走り続ける原動力になる。
多くの想いが騎士に繋がる中、戦う彼は何を思うのだろうか―――。