脱出



――――――ドッ!!!


崖から飛び降り宙に身を躍らせるアーチャーとセイバー。
その瞬間、背中にかかる強い圧力。どうやら本格的な決壊が始まったらしい。

「凛、桜―――!!」

着地し、大声で二人を呼びながら空洞の入り口へと駆ける。

「あーちゃー!」
「あーちゃーさぁん!」

洞から駆け出してきた二人を胸に抱きとめ、そのまま走り出す。

「あーちゃー、せいはいはっ!?」
「わわわ………なんですかあれっ!?」
「ええい、説明は後だ!とにかくしっかり掴まっていろ!」
「うんっ!」「はいっ!」

岩棚から滝のように落ちてくる大量の泥は、怒涛の勢いで一行に迫る。

「―――っ、勢いが増していますね………!」
「我々を喰うつもりか。拙いなこれは………っ!」

迫る泥の勢いは二人の足より早いということは無いが、
問題は狭い洞窟の入り口である。
あそこを通ろうと思えばどうしても這って行くしか方法がなく、
そんな悠長なことをしていれば泥に飲み込まれてしまうだろう。
どうにかして退路を確保しなければならない。

「………アーチャー、その剣を私に!」
「………!? どうする気だ!」
「道を“切り”開きます!」
「―――っ、おいっ!?」

アーチャーの手から聖剣を奪うと全力疾走で入り口へと走っていくセイバー。
より勢いを増して雪崩れてくる泥を尻目にその後を追う。

「あ、あーちゃー! うしろ、どろ、どろっ!!」
「あわわわ………どーするんですかぁ!」
「こうなればついて行くしかあるまいっ!
私は覚悟を決めたぞ、君たちも決めろ!」

そうして、地上に繋がる縦穴まで到達する一行。
通路は行き止まりだ。ここでどうにかしなければ
泥に飲み込まれて終わりである。

「アーチャー、泥を抑えることは可能ですかっ?」
「出来ないことは無いが………長くは保たんぞ!」
「それで十分、貴方なら出来ます」
「―――っ」
「殿は任せましたよ。では―――いきます!」

緑に光る洞窟の壁を見つめ精神集中に入ると、
セイバーは構えた聖剣を大きく振りかぶる。
主の意を受けあふれ出した激しい光が洞窟を染め上げていく。

「な………なにこれっ?」
「まぶしいです………!」
「まさか……山を貫くつもりか………っ!」


ギイイインッ―――――――――!


装填された膨大な魔力が聖剣を眩く輝かせ、
全ての闇を切り裂いていく。光を具現化した究極の宝具が
正しき担い手の魔力を受けて唸りを上げる。
―――それは神話の再臨。
ありとあらゆる魔を切り裂き、山をも吹き飛ばした伝説の系譜。
人々が望み、星が鍛えた最後の幻想ラストファンタズム―――。


約束されたエクス―――


其は神造兵装。
伝説は現実となり、放たれた光は刃となり岩盤に突き刺さる―――!


勝利の剣カリバー―――――――――!!



ゴオオオオオオオンッ――――――!!



圧倒的な魔力を受け放たれた光は空間を切り裂く断層となり、
ありとあらゆるものを易々と貫く刃となる。
それは山だろうが滝であろうが関係は無い。
聖剣は岩盤を撃ち抜き、地上まで続く大穴を穿っていた。

「す………すごい………」
「はわわ………」
「アーチャー、足を止めている暇は無い!
地上までは距離がある!」
「………ああ。凛、桜をおぶってセイバーの後をついていけ。
私は殿を務める」
「う、うん! わかった!」

アイリスと切嗣を抱え穴を登っていくセイバーを先頭に、
重力制御で身を軽くした凛と桜が続く。
アーチャーは後ろから押し寄せてくる泥の轟音を聞きながらその後を追う。


ズズズズズズ………ドドドドドドド………!


「―――っ。
来たか………………!」

地上まで続く長い長い縦穴の七合目辺り。
闇を見通す鷹の目が縦穴をせり上がって来る泥の姿を捉える。
泥の速度は最早慣性に任せたものではなく、明らかな意思を伴って
アーチャー達を喰らいにきていた。

「………あーちゃー………!」
「早く行け、地上まで走るんだ!」

二人が地上に辿り着くまではなんとしても保たせる。
泥の波音を間近に捉えアーチャーは踵を返すと、
魔術回路に最強の防御武装の設計図を走らせる。

                
―――I am the bone of my sword.体は  剣で 出来ている


さあ、最強の盾よ―――その力を示せ!

       
熾天覆う七つの円環ロー・アイアス”――――!


ドドドドドドドド………ギイインッ!!


光り輝く七枚の花弁が黒い波頭を押さえ、その動きを停滞させる。
投影を維持している間にも一枚目の花弁が弾け、
長くは保たない事をアーチャーに知らせてくる。

「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」

だが―――まだだ。
二人が地上に辿り着くまでは絶対に行かせない。
アーチャーは足を止めることなく跳躍しながらも、
アイアスの盾へと魔力を飛ばし盾の強度を強化する。


ドドドドドドドド―――キイインッ、キイインッ!!


だが次々とはじけていく花弁。元が聖杯ゆえに
魔力を飲み込む属性を持つのか、泥の浸食を受けたアイアスの盾は
強化も空しく破壊されていく。

「………ぬううううううううっ!」

四枚、五枚。
散っていく盾の隙間から溢れ来る泥がアーチャーの体に纏わりつく。
身の焼け焦げる音を聞きながらもアーチャーは集中を手放さない。
二人を、絶対に――――――!

「………………あーちゃー………………!!
ついたよぉーーーーーー………………!!!」

六枚目の花弁がはじけたとき、頭上から凛の声が聞こえた。
アーチャーは残りの一枚にありったけの魔力を込めると
踵を返して全力疾走を開始する。


ドドドドドドドドド―――パアアンッ!!


最後の花弁が弾ける音と共に、猛烈な勢いでせり上がって来る
泥の音が聞こえる。
もはや一刻の猶予も無い。死に物狂いで足を動かすアーチャー。


「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


ドドドドドドドドドドドドドドドドド―――!!


泥と英霊のデッドヒート。
飲み込まれれば終わる死の波頭との一騎打ち。
徐々に見えてくる星明り、ゴールはすぐそこだ。

「アーチャー、早く!」
「あーちゃーーーーーーーーーっ!」
「あーちゃーさぁんーーーっ!」
「うおおおおおおおおおおおおお!」

伸ばした腕をセイバーの手が掴む。
猛烈な勢いで引っ張り上げられたアーチャーは
そのまま地面に叩きつけられる。


ドッパアアアアアアアアアンッ!!!


その背後で噴水のように吹き上がる黒い泥。
セイバーは慌てて立ち上がると、腰に差した黄金剣を振りかぶる。

勝利すべき黄金の剣カリバーン―――!


ゴガアアアアンッ!!!


吹き飛ばされた岩と土砂によって埋めたてられる縦穴。
黒い泥はそれでもなおボコボコと抵抗を続けていたが、
アーチャーの“壊れた幻想ブロークンファンタズム”も加わった波状攻撃に
その勢いを徐々に弱めていき―――

「はあっ………………はあっ……………」
「くあ………終わった…………か………」

山肌を粉々にする激しい埋め立ての末、沈静化したのだった―――。



家政夫と一緒編第四部その27。
光を求めて手を伸ばすように
地の淵より沸き立つ”この世全ての悪”。
”願い”が彼を呼んだのならば、彼を帰すのもまた
”願い”を追ってやってきた者達の勤め。

最後の戦いはもうすぐ。
英雄達は自らの願いが生んだ奇跡の具現を打倒しうるのか―――。