反撃



泥のプールより立ち上がる幾多の触手。
押し寄せてくる怒涛の波を見つめ、セイバーは切嗣を
守るようにその身を抱きしめる。


―――キュキュキュキュキュンッ―――ゴワッ!!


だが、迫る触手は飛沫を散らして砕かれる。
貫いたのは数十の銀光。アーチャーの矢である。

「そういう事だ、切嗣。
私たちは彼女を救いたい。そうして聖杯を破壊する。
それでもまだ………戦うか?」
「―――ああ」
「切嗣………」
「アイリスを救う。もう考えるまでも無いだろう。
―――聖杯を破壊する」
「………切嗣………!」

切嗣は動けないセイバーを軽々と抱え、
襲い掛かってくる黒い泥を回避する。
そうして、そそり立つ禍々しい塔を睨みつけ、並び立つ三人。


「セイバー、君にかけた令呪の命令………
衛宮切嗣の名に於いて“失効”する」


「………………!」

その途端軽くなるセイバーの身体。強制命令のランクがダウンしたのだ。

「セイバー、幽霊屋敷でもらった君の言葉………。
正しいものだったな」
「………………」
「子供達にも説教されてしまったよ。
―――この駄目人間、とね。
絶望にかまけて守るべきものを失っていたのは
僕の方だった。そんな事すら判らなくなっていた」
「切嗣………いいえ。私も守るべきものを見失っていた。
そんな人間が誰を説けるわけも無い」
「………そうか。ならばあいこだな。
今更調子がいいとは思うだろうが、君の力、僕に貸して欲しい」
「………っ。はい、無論です!
切嗣、共に行きましょう………!」

そう言って嬉しそうに微笑むセイバー。
ああ、この二人はようやく分かりあうことが出来たのだろう。
お互いの顔にはやるべき事以外に邪念はなく、ただ前を向いて
進む強い意志だけが残されていた。

「セイバー、行けるか?」
「………無論。令呪の縛りがなくなった今、
私を抑えるものは何も無い―――!」

切嗣の腕から降りると、セイバーは胸に突き刺さった干将を引き抜く。
同時に強大な魔力の波動がセイバーの身体に漲り、
傷口は癒え、泥の呪いは体から弾き出されてゆく。

『………ふん、小賢しいわ。
マスター共々朽ち果てるが良い!』


ビュアアッ―――ザガガガガガッ!!!


痺れを切らしたように迫る数十の泥鞭。
だが、セイバーの前に到達した瞬間、全ての触手は細切れになって宙を舞う。

「―――囀るな、悪党!」
『呵々々、そうかそうか、よく言った!
ならば最高の馳走を以って持て成そう。―――リズライヒ!』
『…………っ……………』


ゴゴゴゴゴゴゴゴ………ボコッ………ボコボコッ………。


老人が磔の聖女に向かって声を上げると、
低い唸りと共に泥のプールに細波が立ち、急激な沸騰を始める。

「………………!?」

警戒を強めるアーチャー達の前に、プールから巨大な“腕”が次々と生えてくる。
それは禍々しい鈎爪を生やした化け物の腕。
泥で構成されているためか形自体は不恰好ながらも、泥の触手よりも
数段強力な実体を持つ呪いの魔腕だった。

『朽ちよサーヴァント共。我が悲願の礎となるがよい………!』

老人の叫びと共に一斉に押し寄せてくる泥の魔腕。
先陣を切って突撃してくる巨大な腕に、セイバーは干将の一撃を浴びせる。

ザガッ―――ジュワッ!!

「―――!!」

半ばまで食い込み腕を切り倒した干将はその一撃で溶解する。
泥の魔力が干将自体に秘められた魔力を上回ったのだろう。
あの腕に対するには干将では足りない。

「………っ、アーチャー!」
「ああ―――投影、開始トレース・オン


―――創造理念鑑定。
―――基本骨子想定。
―――構成材質複製。
―――製作技術模倣。
―――成長経験共感。
―――蓄積年月再現。



あらゆる工程を凌駕しつくし―――ここに幻想を結び剣と成す!


―――キンッ!!


「薙ぎ払え、セイバー!」
「………これは………………!」

アーチャーから放られた剣を空中で受け取り、その輝きに目を見張るセイバー。
ああ、それは無くした筈の尊い誓い。戦場を照らす黄金の灯火―――!

「―――しかと受け取った!」


着地と同時に剣を構え、腕の群れを睨みつけるセイバー。
彼女を援護するため、切嗣とアーチャーは
銃弾と銀光を雨あられと浴びせかける。


『其は暗闇を切り裂く黄金の光。
其はログレスを守る黄金の炎―――』


リイイィィィン――――――


主の手に戻り、気勢を上げて輝く剣。
竜の魔力を受けて頭上に輝くその光は、全ての闇を切り裂く黄金。
あの日ブリテンを覆う闇を切り払うと決めた、少女の願いそのものだ。


「その炎、未だ燃えているならば。
勝利を以って応えよ―――宝剣!!」


黄金は強さを増し、主の命を受けて炸裂する―――!


勝利すべき黄金の剣カリバーン――――――!!!



ゴワアアアアアンッ――――――!!!



薙ぎ払われた黄金の光は剣の軌道上にある泥の魔腕を切り裂いてゆく。
迸る光は、闇では覆いつくせない―――!

『おおおおおおおっ!?』

眼前に現れた強力な光源に目が眩み、尻餅をつく老人。
後ろに控えていたアサシンが慌てて主を抱き起こす。
闇を切り裂いた光が消えた後には泥の腕は一本たりとも残されてはおらず、
老人に向けて指を突きつけるセイバーの姿があった。


「―――今から其処へ行く。
覚悟を決めておけ、魔術師メイガス!」


そこには迷いなど一片も無い、強く凛々しい騎士の王が居た。
思わず背筋を震わせる老人。腕達に込められた魔力は
万を越えていたはず。それを―――一撃で?

『か………呵々々………!
こちらには無限の魔力がある、
先に叩き潰してくれるわ!!』

杖を突き立ち上がる老人。その言葉には先程までの力は無い。

―――ひゅう。

従者の勇姿に口笛を以って賞賛を示す切嗣を、
苦笑を浮かべて見つめるアーチャー。
ああ、これで負ける方がおかしい。
自分達には勝利を約束する無敵の騎士がいるのだから。

「いきますよ―――アーチャー、切嗣!」
「ああ、了解した」
「やれやれ、どちらがマスターなのやら」

不敵な笑みを浮かべて戦場を駆ける三人。
反撃は始まった―――。



家政夫と一緒編第四部その22。
黄金の光は闇を切り裂く灯火となり、
分かたれた想いはここに集う。
反撃の狼煙は上がった。後は戦うのみ―――!