Interlude9-3:みんなを守るために



「………何を、言っている。
僕は敵だ、何故アーチャーを呼ばない?」

頬に鈍い痛みを感じながら切嗣は言葉を紡ぐ。
目の前の少女はその瞳を怒りに染めながらも、
切嗣を逃すまいと―――離すまいと。
しっかりと睨みつけて怒鳴り声を上げる。

「あーちゃーはがんばってるの!
わたしのあーちゃーは、まちがっているってきづいたら
まちがいをただせる、かっこいいひとなの!
だからわたしはじゃましない! じぶんのみはじぶんでまもれるし、
あなたなんかにはまけないんだからっ!」
「――――――」
「それに、せいはいがああなって、それでもあなたは
ころしあいをつづけるのっ?
だったら、わたしはあなたをけいべつするわっ!
めをひらいてまえをみなさい! あなたのまえにはなにがあるの!
あなたのまわりには………なにがあるのっ!!」
「――――――っ」


呆然と顔を上げる。
そこには無力な幼子達と―――禍々しく変質した聖杯があった。


「…………それ、は…………」
「………………っ!
………ばかばかばかばかっ! おおばかっ! だめにんげん!
あなたちょっとまえのわたしたちそっくり!
なんでめのまえにあるこたえにおくびょうなの!!」
「―――っ」
「なんだってやってみなくちゃはじまらない!
てをのばさなきゃ、なんにもつかめないっ!
そのさきで、うれしくなれるか、きずつくかなんて
やってみなくちゃわからないのっ!
でも―――うつむいて、ためいきばっかりついて、
てをのばすことすらできないんじゃ……」
「………………」
「しあわせもこたえも、つかむことは……できないんだからっ!」


目を丸くして目前の少女を見つめる切嗣。
そこまでいい終えた少女は、恐れと怒りで涙をぽろぽろと流している。
息吐く間も無く放たれた言葉の数々はまだ幼く、拙いものばかり。
けれど―――全く反論できなかった。

手を伸ばさなければ答えを掴むことは出来ない。
立ち上がらなければ前に進むことは出来ない。
ああ、その通りだ。

切嗣の目の前には、明確な悪がある。
放置しておけばきっと、多くの悲しみを生む悪がある。
それを、願いが叶わないからと。肩に背負った多くの業に報えないからと。
絶望にかまけて見逃すつもりなのか。


「せいばーだってがんばってる。
あーちゃーも、いっぱいきずついたけどがんばってる!
それでもあなたはつづけるの?
こんなかなしいたたかいをつづけるの?
それとも、かなしいってなきつづけるの?
そんなの…………そんなのゆるさない!
ゆるさないんだからぁっ!」


―――そうだ。
それこそ許されない。
そんな自分を許すわけにはいかない。


例え聖杯の奇跡を掴めなくても、そこで終わるわけにはいかない。
信じた理想を、叶えたかった願いを、この手で成し続けなければ。

そうでなければ―――浮かばれない。
救えなかった命も、叶えられなかった願いも、果たせなかった理想も。
あまりにも―――浮かばれないではないか。


顔を上げ幼子達を見る。
妹を守ろうと必死になって立ちはだかる少女の瞳を
真っ直ぐに見つめかえす。


「…………ああ。
そんなのは、許されない。
許されるはずが、無いな」
「………えっ?」


驚いて目を見開く少女。
父を傷つけ、家を燃やした破壊魔の口から
理解の言葉が返ってくるとは思わなかったのだろうか?
どうとでも思ってくれてかまわない。やったことは事実だ。

ただお陰で―――立ち直ることが出来た。


間違いは正さねばならない。
悪は、倒さねばならない。
その相手が例え、望み続けた願いの器だったとしても。

衛宮切嗣は全ての魔術を憎む、魔術師の天敵たる魔術師。
―――“魔術師殺し”なのだから。


「一時休戦だ、アーチャーのマスター達。
あの聖杯、本当に願望器としては壊れてしまっているのか?」
「え………え?
う、うん。あれがかんせいすると、“あんりまゆ”って
いうのがうまれるって………あさしんのマスターがいってたわ」
「“この世全ての悪”………なるほど。
だが………」
「………あ、あの」

おずおずと切嗣を見つめてくる少女。

「もう、あーちゃーとたたかわないの?」
「………君達の言った事が事実なら、
聖杯戦争はもう終わってしまっている。
それにね、君の言った通りさ」
「………?」
「魔術は秘されるもの。こうなった以上全ての魔術師は
魔術が公になる前にその魔術を叩き潰さなければならないんだ。
みんなを、守るためにね」
「………………!」

それは下種な手法を許す協会の戒律の中で、唯一認めてやれるルール。
多くの人を守るために、魔術師達が守らねばならないルールだ。
切嗣の言葉を聞くと顔を輝かせてにっこりと笑う少女。

「……あ……よかった………」
「………………? 何がだ?」
「う、ううん。なんでもないわ」
「……………?」
「えみやきりつぐさん、おなじまじゅつしとして、
ふゆきをおびやかすまがったせいはいを…………
たたきこわしましょう!」

そう言って小さな手を差し出してくる彼女に思わず苦笑してしまう。
なんと真っ直ぐで曲がったところの無い魔術師なのだろうか。

敵だった人間に手を差し出す懐の広さ。
命の危険がありながら説教を行う度胸。
窮地にあっても道を見失わない正しい心。

ああ、この子のように全ての魔術師が正しい存在であるのならば。
自分はきっと―――。

「……ああ。
ただし、子供はここで観戦だ」
「…………う〜〜〜。
あなた、なんかあーちゃーににてる……」

小さな手を優しく握って、そう伝える切嗣。
やることは明確だ。
弱いものを守り、悪を挫く。ただそれだけ。

戦う意思を取り戻した切嗣は泥の塔へと走り出す。
信じた理想を最後の瞬間まで―――追いかけ続けるために。



―――Interlude out



家政夫と一緒編第四部その20。Interlude9-3。
例えば目の前に苦しんでいる人がいる。
彼らを救うこともきっと願いの形。叶えたかった理想のカケラ。
その為に奇跡が必要なのか? その為に聖杯が必要なのか。
―――そんなことは無い。

正しいことに奇跡は要らない。自分の道を行くのに奇跡など要らない。
必要なのは、ただ前を向いて進む―――強い意思だけなのだから。