Interlude9-2:事実



アイリスから聞いていた情報を思い出しながら柳洞寺山中を歩く切嗣。
岩清水の流れ出る洞……どうやらここらしい。

「ふむ………」

目的の場所は岩塊を重ね合わせた洞のような場所だった。
入り口は幻覚魔術に隠されていたのか一見すると入れそうもなく見えるが、
地中からあふれ出してくる強力な念がその存在を際立たせてしまっていた。

「………………」

まず間違いなく、この念は聖杯のある大空洞から発せられているものだろう。
その事実にますます嫌な予感を募らせるが、今更後に退けるわけも無い。
幻術を乗り越え洞の中に入ると、中は人一人が通れるほどの小さな穴になっている。
洞の中に光は一切なく、穴は下へ下へと続いているようだ。

―――lux光よ

小さな明かりを放ち頭上に放ると穴の細部が鮮明になる。

『…………ん? これは……』

岩壁の側面や足元に岩が削れたような跡がある。
傷跡の真新しさを見る限り、何者かがここを通った後らしい。

『…………チッ。
アーチャーだとすれば……拙いな』

彼の目的は聖杯の破壊。
どの程度差をつけられたのかは判らないが、大聖杯自体に
なんの防御機構もついていないとすればアウトだ。
地中から漏れ出ている念が聖杯の健在を示しているが、最早一刻の猶予も無い。
切嗣は多少のダメージを覚悟して下っていく岩盤を
滑り降りることにした。


―――そうしてたどり着いた最下層。
緑の光に照らされた通路を抜け小空洞に達すると、そこに戦闘痕を発見した。
粉砕された岩壁や、砕かれた床、岩にこびりついた血痕が
戦闘の激しさを物語っている。

『誰と誰の戦いだ……?
アーチャーと…………セイバーか?』

令呪が未だ自分の手にあるところを見ると、
アーチャーは敗北したのだろうか?

『……考えていても埒が明かない。まずは大聖杯をこの目で確かめなくては』

小空洞を抜け歩みを進めると奥から不気味な唸りが聞こえてくる。
その中に叫びのような声が混じっていることを確認すると、
切嗣はホルスターからジェリコを引き抜き、足音を殺して奥へと進む。


「………………!」


そこに意外な人影を見る。
より広い空間に繋がる岩盤の出口に、判りにくいが小さな洞がある。
そこから顔を出して奥を覗いている二つの小さな影。
あれは間違いなく―――アーチャーのマスター達だ。
右手の令呪が疼かないところを見ると魔術回路を切っているのか、
それとも既にマスターの資格を失っているのだろうか。
しかし、それでは彼女達がこの場所にいる辻褄が合わない。

『どういうことだ……?
セイバーが見逃したのか、それともアーチャーが健在なのか』

何にしろこれはチャンスだ。
アーチャーが健在ならば、ここでマスターを押さえれば
彼の命運は握ったも同然である。

壁に背を着け、気配を殺して二人に迫る。
幼い二人は奥で繰り広げられる戦いに目を奪われ、
切嗣の気配には気付きもしない。

「こんばんわ」
「……え」
「……ふえ?」

振り向こうとする二人の機先を制し、姉を素早く抱え上げ
ジェリコを妹の方に突きつける。

「…………あっ!!」
「下手に抵抗しないでくれ。
妹さんの頭を撃ち抜かなくてはならなくなる」
「う………わかった」
「賢い子だ。早速で悪いんだが状況を教えてくれないか」
「……じぶんでみればいいでしょ……」
「曲がりなりにも君達は魔術師だからね、目は離せない。
それに僕の位置からだとよく見えないんだ」
「………わかった。
あーちゃーとせいばーが、こわれちゃったせいはいをこわすために、
あさしんのさーばんととたたかってる。
…………これでまんぞく?」
「壊れた? それに………アサシンだと?」

恐ろしい形相に変わった切嗣を見て怯える少女。
焦燥に駆られた切嗣は岩の洞から顔を出し、洞窟の奥を見る。


「――――――な」


見えるのは巨大な岩盤。
その上にそそり立つ禍々しい泥の塔―――あれは、なんだ?

魔術師殺しとして長い年月を生き、最悪の実験で生み出される
禍々しい魔術を嫌というほど見てきた切嗣。
それ故にだろうか、あれがどういうものをもたらす存在なのか、
一目でわかってしまった。


あれは拙い―――破壊しなければ。


「なんだアレは……」
「だからいってるでしょ。あれがせいはいなの……!」
「………なんだと………?
そんなわけがあるか。あんなものが聖杯であるわけが無い……!」
「う…………しらないもん!
あなただってあれをみればわかるでしょ!
せいはいは、こわれちゃったの………………!」
「…………っ」


―――そんな、馬鹿な。

だが、いくら否定しようとも、あれが冬木の聖杯であることを推測できてしまう。
場所、状況、目視した情報。考えれば考えるほど、
切嗣の思考はそれが聖杯だと断定してしまう。

薄暗い闇が眼前を閉ざし、全ての希望を闇へと吸い込んでゆく。
何のためにここまで来たというのか。
こんなものの為に自分は戦ってきたというのか。
こんなものの為に―――アイリスは死んだというのか。

歪んだ聖杯は脈々と胎動する。
聖杯に願いを捧げた哀れな魔術師達を嘲笑うように鼓動を刻む。
放たれる千の絶望が哄笑を上げながら切嗣の精神を蝕んでいく。

おまえ達の目指した場所など―――何処にもなかったのだと。
そう哂いながら、願いを貪り喰らっていく―――。


あまりの絶望に膝を折り、地に臥す切嗣。
腕の力が緩み、開放された少女は慌てて妹の方へと駆け寄る。

「ねーさぁん!」
「さくらっ!!」

妹を抱きしめると、彼女をかばうように前に出る少女。
膨れ上がる怒気と共にその左腕が振り上げられる。
なんらかの攻撃を放つつもりだろうか。膂力に劣る彼女の
攻撃手段といえば魔術くらいしかなさそうだが、
隙だらけの上にこの間合いで魔術を撃とうとするなど愚の極み。
呪文詠唱を妨害するために喉を潰そうと意識するが―――。


べちっ!


―――どういうわけか、切嗣は彼女の平手打ちをまともに食らってしまった。


「っ………?」
「………なにがあったのかなんてしらない。
でも………あなたもまじゅつしならっ!!
なにがただしくて、なにがまちがっているのか、
ちゃんとみわけるめをもちなさい!
そうして、まちがっているってきづいたならっ!!
ぜんりょくでただすゆうきをもちなさい!!」
「………………っ」


あまりの事に目を見開く。
魔術を撃つでもなく逃げるでもなく、少女は切嗣に説教をしてきた。
しかも………その言葉はなんとも正論。
やるべき事を見失い、膝を突き項垂れる今の切嗣には―――
一番効く一言だった。



家政夫と一緒編第四部その19。Interlude9-2。
そこに願いはなかった。
たどり着くべき理想の場所も存在しなかった。
突きつけられた事実が、多くのものを犠牲にし続けてきた男を苛んでいく。

―――だが。