窮地



―――ギュウンッ!!


唸りを上げて迫る黒の触手。
痛む身体を抑えながら薙ぎ払われる一撃を回避すると、
銀の矢を触手の根元に叩き込む。
崩れる泥の飛沫を避け、アーチャーは泥の塔へと迫るため直進するが、
泥のプールから現れる何本もの触手が行く手を塞ぐ。

「―――くっ………」

足を止め大きくバックステップを踏み、触手との間合いを取る。
別方向から攻め立てているセイバーも同じような状況だ。
いや、むしろインレンジで戦わねばならない彼女のほうがダメージは大きい。
呪いで編まれた黒い泥は、善き幻想で編まれた英霊にとって致死の猛毒。
浴び続ければ致命傷にもなりうる。

「セイバー!」
「っ、判りました!」

触手の波をすり抜け、岩棚の外縁で合流する二人。
状況は振り出しに戻ってしまったようだ。

「………大丈夫か?」
「はあっ………はあっ………とても………無事とはいえませんね。
マキリ・ゾォルケン………このような奥の手があったとは」

そう言って泥の塔を睨みつけるセイバー。
その手に握る投影した聖剣も、度重なる泥との戦闘で劣化が始まっている。
セイバー自身も干将によって魔力循環を制限されたままであり、
傷の痛みと動かない体を抱え辛そうな表情を浮かべている。
戦いが長引けばいずれ力尽きてしまうことだろう。
まさかこのような状況まで想定に入れてこちらを待ち構えていたのか、
対する老人の狡猾さに背筋を寒くするアーチャー。
最強を誇る二人のサーヴァントは、ただ一人の老人の手によって
劣勢に追い詰められていた―――。



大空洞の最奥、岩棚の上に到達した二人が見たものは、
直径百メートル以上はあろうという巨大なクレーターと、
その中央に立つ泥の塔にて二人を待ち構える老人とアサシンの姿だった。
目下のクレーターには高密度の呪いで編まれた黒い泥が満たされており、
中央に立つ塔への道を塞いでいる。
塔までは直線距離で約五十メートル。全魔力を脚力強化に収束し、
淵ギリギリから飛べば届くだろうが、泥の妨害を考えると
着地なしで到達するのは到底不可能だ。
ならば、遠距離からの一撃で塔を破壊するしかないが、
その一手は老人が用意した“切り札”によって封じられていた。
移動手段を断たれ、塔への直接攻撃を封じられた二人は
残された力を振り絞り攻撃をかけたのだが―――先の通りである。



『呵々々………ほれ、さっさと喰われるが良いわ。
お主らは生贄なのじゃからな』

塔の中腹に腰掛け、笑い声を上げる老人。
眼下の岩棚で触手と踊るサーヴァント達を愉しそうに見下ろしている。

「アーチャー、ここを渡る策は?」
「………一つだけ。ただ援護役が足りない。
アサシンも邪魔に入るだろうし、何より泥の海を渡るのだ。
下からの攻撃も防がねばならない」
「………くっ………」

眉を潜める二人。
老人が握る“切り札”を取り返さなければ、こちらに勝ち目は無い。

時間と共に押されてゆくアーチャー達。
前線で触手を切り払い続けているセイバーの消耗が特に酷い。
前方全面から無制限に押し寄せる触手の攻勢を支えきれないのだ。

「セイバー………!」
「………っ、アーチャー!
その策が成せる可能性は!?」
「行くだけならば五割、帰りは聞くな!
恐らくは“鎖”がもたない………!」
「それでもやるしかない! このままでは………っ!?」

注意が逸れていたからか。それとも疲労の限界だったのか。
その瞬間、液状化して足元へと忍び寄っていた触手がセイバーの足を焼いた。

「ぐっ………ああああああっ!!」
「―――っ!!」

慌ててセイバーを捉えた触手に矢を飛ばすが、その分だけ
頭上から迫る触手への攻撃が留守になる。
そちらの対応に手を回しているうちに、触手はセイバーを
泥の沼へと引っ張っていく。

「っ………セイバァァァァァァッ!!」
「―――ぐうううっ!!」

聖剣を岩盤に突き立てる事によって辛うじてその進行を止めるセイバー。
だが、アーチャー一人ではセイバーに向かうすべての触手を
打ち落とすことは出来ない。攻撃から逃れた触手が
ひとつづつ、ひとつづつセイバーに被さっていく。

「ああああああああっ!!」
「―――くぅうううっ!!」

ビキッ、ビキキッ………!

弦を引き続ける傷ついたアーチャーの右腕も、もう限界に近い。

『突っ込むしかない!』

長弓を捨てると、干将を投影して走り出すアーチャー。
今度はアーチャーを喰らおうと迫る触手を薙ぎ払いながら、
スライディングでセイバーの下まで飛び込む。

「セイバー!」
「あぐ………アーチャー………」

ただでさえ魔力循環が断たれているところに、呪いの触手で
身を焼かれたのだ。セイバーの霊的ダメージは深刻なものになっている。
小柄な身体を抱きあげると、顔を上げ退路を確認する。


―――だが。見上げた視界はすべて黒色。


「――――――!」

億の絶望が頭上より迫る。
咄嗟にセイバーを抱きかかえ、その身を守るように丸くなる。
凌ぎきれるか―――?



―――カッ―――ズゴオオオンッ!!!



その時、空気を切り裂く大轟音がアーチャーの鼓膜を震わせる。
顔を上げれば黒い繭の一角に大穴が開いている。

「――――――!」

コンマも迷うことなく地を蹴り駆け出すアーチャー。
繭の穴が閉じる瞬間、転がるように外へ飛び出す。
同時に黒い繭は収縮し、地に突き刺さっていた聖剣を飲み込んだ。

ジュウウウウッ………………

波が引いた後には黒く汚染され、朽ち果てた剣が一つ。
間一髪、危ないところだった。
しかし、今のは一体誰が………?


「子供達を守るんじゃなかったのか、アーチャー」


背後から聞こえたのは、懐かしく、今は敵対する者の声。
振り向いた視線の先には朽ちたコートを身に纏う男が一人。

「………切嗣!」

そこにいたのは魔術師殺し、衛宮切嗣だった―――。



家政夫と一緒編第四部その17。
絶体絶命の窮地に現れた魔術師殺し。
彼がもたらすものは果たして―――。