道の途中:後編



アーチャーは主人の問いに対して苦笑を浮かべる。
苦しくて、傷ついて、どうしようもない心を抱えてなお―――笑う。


「―――納得、できなかったから」


「―――!」


「信じた道で救えなかった、目指した理想で守れなかった。
失ったものに報いられない無力な己を許せなかったから。
だから、理不尽な結末に納得するわけにはいかなかった。
私たちは得られなかった報いを求め―――ここにいる」
「……っ…………く…………」

何も―――言えない。
そう、叶わなかったモノの為。
たどり着けなかった理想郷を実現させるためにセイバーはここにいる。

「あーちゃー…………」
「あーちゃーさん……」
「…………だがね、凛、桜。
どうしようもないほどに目が曇り、
それしか見えなくなっていた馬鹿な男は……
優しい笑顔のお陰で目が覚めた。
地獄の果てで、救える笑顔のお陰で目が覚めたんだ」
「え……」「え……?」

満身創痍のアーチャーは悲しげな顔でセイバーを見つめる。

「セイバー、君は……ただ誰かを。
苦しんでいる人達を守りたくて剣を取ったのではないのか」
「…………!」
「目指す理想はあっても……
オレ達は理想を守る為に戦ってきたわけじゃない。
理想に対して剣を捧げたわけじゃ……ないだろう」
「………それは」

何処までも澄み、ただセイバーを映す二つの目。

その目、その奥から感じるのは。
あの日、カムランの丘で倒れたセイバーを見つめる
騎士たちの目そのもの。
涙を浮かべる騎士たちの目、そのものだった。


「セイバー、君が守りたかったものは何だ。
…………理想か?
…………それとも……きれいな夢か?」


―――違う。それは違う。

それを願った自らを、理想そのものを救いたかったわけじゃない。

ただ、愛する国を。
そこに暮らす人々を、彼らの笑顔を守りたかった。
大切な故郷をこの手で―――守りたかったのだ。


「私………は」


何を―――願っていたのか。何を望んでいたのか。

全てを無かったことにして、新しい王を選ぶ?
では、アルトリアが消えた後、
この手が守り続けた笑顔は何処へ行ってしまうのか。

サー・ラーンスロッドがくれた信頼は。
サー・ガウェインがくれた何者をも倒す戦意は。
サー・ケイがくれた叱責と賞賛は。
彼らと共に守り抜いた民達の幸せは。
―――そして。
血塗れのカムランで、サー・ベディヴィエールがこぼした涙は。
共に在った者達の想いは、その悲しみは、何処へ行ってしまうのか―――。

振り返り、暗い洞窟の奥をみつめる。
全てを消し去る虚無の向こうを……見つめる。

そこには―――何も無い。
守るべき国も、涙を流す騎士も、誰もいない。
セイバーが消えて、滅びがなかったことになっても。
守り続けた大切な郷土も、共に戦ってきた騎士達も救えるわけでは無い。
その想いに報いられるわけでは無いのだ。

再び、弓兵を見る。
少しだけ寂しそうで、けれども、誇らしい瞳。
彼の後ろには守るべき誰かがいた。
広がってゆく―――無限の未来があった。

『ああ…………私は。なんて馬鹿な願いを』

自らの道を、共に歩んだ者達の想いを尊いと信じるのならば。
受け入れるべきだったのだ―――その結末を。

そうして進む未来に、帰る場所にはやるべき事がある。
夢の果てにはまだ、守るべき大切な人が残されている。
願いも理想も、叶わずに朽ち果ててしまったけれど。
その果てで―――涙を拭ってやれる人はそこにいる。
ならば、進むべき道は一つだ。



―――あの日誓った黄金の灯火を抱いて。

果たせなかった夢の続きへと、歩いていこう―――。



「……アーチャー」

荒れ果てた息を整え、ひどく穏やかな声で呟くと、
セイバーは拳を上げゆっくりと構えを取る。


「これで……最後としよう」

強いられた殺意に抵抗するように、苦しげな表情でアーチャーを見つめるセイバー。
その意思を理解したのか、アーチャーは小さく頷き左手に干将を投影する。

「ああ……最後だ」

満身創痍の体をおして、残された力を振り絞る。
両者の間で再び高まっていく魔力。
互いの意思を伝え合うように絡み合っていく闘気。


「………」
「………」

小さな二人は手を握り合い、大事な人をじっと見つめる。
何をするのか、言葉を交わしたわけではない。だけど信じている。
アーチャーとならば、幸せな未来へ行けると信じている。
だから二人は祈る。大好きな家政夫が成す全てが、上手くいってくれる事を。



帯電する空気、高まっていく強大な魔力。
最大に高まった互いの戦意がぶつかり合う、その瞬間。


ダンッ―――!!


恐るべき膂力を持って地を蹴る赤と青。
途轍もない運動エネルギーを推進に代えた二つの弾丸が激突する―――!


ゴガアアアアンッ!!!


ぶつかり合いはじけ飛ぶアーチャーとセイバー。
地面に叩きつけられバウンドし、緑の床を滑っていく。
そうしてようやく止まったアーチャーの身体は、
幼子達が隠れている辺りまで吹き飛ばされていた。


「あ………あーちゃーーーーー!」
「あーちゃーさぁん!!」

いっぱいの不安に顔を歪めて飛び出す凛と桜。
仰向けに倒れていたアーチャーは二人の姿を視認すると身を起こす。

「あ、あーちゃー!だいじょうぶ!?」
「あーちゃーさぁん………」
「………大丈夫だ。それよりも………」

衝撃こそは凄まじかったもののアーチャーの身体にダメージは無い。
問題は………セイバーのほうである。

素早く立ち上がると吹き飛ばされたセイバーの傍へと駆け寄る三人。
胸に干将を突き立てられたセイバーはぐったりしたまま動かない。

「………っ、セイバー、セイバー!!」

小柄な身体を抱き起こし、頬を叩く。
心臓こそは外したが、令呪の効力を阻害するために
魔力循環の中心である“アナーハタ”を貫いたダメージは深いものだ。
サーヴァントにとって魔力循環は血液循環に等しい。
その急所部位を潰した以上―――即死もあり得る。
……だが。

「………っ………。
あ……んしんしなさい……アーチャー。
判っていて殺されるほど……私は弱くは無い」
「……っ……セイバー…………!」
「せいばー!」
「せいばーさぁん……」

安堵の溜息をつく三人。
緊張が解けて涙をこぼす幼子達を見て眉を寄せるセイバー。

「……何故泣くのです。
私は……貴方達を殺そうとした……敵ですよ」
「いいんです………もういいんですっ………」
「せいばーはわたしたちのこと、まもってくれようとしたんでしょ?
れいじゅにていこうしてまで……まもってくれようとしたんでしょ?
だったら……てきでもなんでもかんけいないの!」

幼子達の答えを聞くと思わず頬を緩める。
その甘さも、懐の広さも、彼ら主従のなんと似ていることか。
彼らは同じものを見て同じ場所へ進もうとしていた。

「……いいマスターを持ったな、アーチャー。貴方達の、勝ちだ」
「……いいや」

少し疲れたように呟くセイバーを見つめ、アーチャーは首を振る。

「勝ったも負けたも無いさ。
ここはまだ―――道の途中。
オレ達はやるべき事を取り戻した。ただそれだけの事なのだから」


その言葉を聞くと、セイバーは傷の苦痛に喘ぎながらも、
今までで一番良い笑顔を浮かべた。

それは長い迷いから開放された人間の笑み。
答えを得た者の浮かべる―――笑みだった。



家政夫と一緒編第四部その14。
理想も願いも、自らの手で成しえるもの。
守るべきものは自らの手でしか守れない。

答えは道の上にあった。
ただ、大きな悲しみが、強い後悔がそれを覆い隠していただけ。
長い戦いの果てに―――騎士は進むべき道を取り戻した。