道の途中:前編



激発する闘気が電光を呼ぶ中、ぶつかり合う赤と青。
超近接戦闘において技術的に分のあるアーチャーに対し、
未来予知じみた勘と圧倒的な身体能力を持って対抗するセイバー。
超高速で交わされる拳と刃を恐るべき反射速度で捌きあう両者は、
攻撃を叩き込む機を窺い続ける。

ヒュン―――ゴスンッ!!

一瞬の刹那、防御をすり抜け炸裂するセイバーのボディブロー。

「ぐううっ……!」

心眼による予測より一瞬早く伸びてきた一撃がアーチャーの腹を撃ち抜く。
肋骨が粉砕され、臓腑が破裂しかけるが、アーチャーもただではやらせない。
腹を抉ったセイバーの腕を左手で捉えると、
聖剣の刃が突き出た右の拳で強烈なフックを見舞う。

ザグッ……ボキボキボキッ―――!

「ぎっ…………!」

聖剣の刃はガントレットを破壊し骨をも断つ。
嫌な音を立てて拉げる右腕。畳み込むように
振るわれる右の連打はセイバーの右腕をズタズタに破壊する。

「……っ、がああああああっ!!」

破壊された右腕をアーチャーの腹から引き抜き、
セイバーは左のフックをアーチャーの顔面に繰り出す。
その一撃を前に出ることでかわしたアーチャーは、
そのまま強烈な頭突きを叩き込む。

ゴスンッ!!

「ぐううっ…………!」

窮鼠猫を噛むとはこの事か。
形振り構わず噛み付いてくるアーチャーの捨て身にセイバーは
攻撃を回避しきれない。目の前で飛ぶ火花に一瞬視界を奪われると、
その瞬間に腹を抉る強烈な衝撃。アーチャーの膝蹴りが炸裂したのだ。

「ぐっ…………」
「うおおおおああっ!!」

前のめりに沈んだセイバーの腹を投影した干将が貫く。
鎧を粉々に打ち砕くその一撃を血を吐きながら耐え切るセイバー。
再生途中の右腕に持てる最大魔力を込め、
腹に突き刺さる干将に打ち込む。

ゴガアアアアアンッ!!

なんと恐るべき膂力か。セイバーの一撃を受けた干将は
刀身を拉げさせ腹から抜ける。
強烈な衝撃にふらつくアーチャーを見逃さず、
セイバーは巨大な魔力を装填した左拳を全力でスウィングする。

ゴキイインッッ!!

「ぐうううっ……!」

放たれた左の大砲を肩でブロックするが、
肉は弾け骨は折れ、アーチャーの右肩は粉砕される。


「おおおおおおおおおっ!」
「あああああああああっ!」


身を覆う痛みを振り払うように猛り吼える二人。
肉を打ち、骨を折り、放たれる拳と拳。
相手の攻撃を受け、その一撃に耐え、
ただ放つ一撃に最大の力を乗せて交わされるだけの単純極まりない戦いは、
最早サーヴァント同士の戦いとはいえなかった。


―――ズガンッ!!


岩をも吹き飛ばすセイバーの拳が腹に炸裂する。
だが、アーチャーは倒れない。歯を食いしばり不敵な笑みを浮かべると
足を踏ん張って左手に魔力を装填する。


―――ゴズンッ!!


巌の一撃がセイバーの脇腹に突き刺さる。
鎧は砕け、魔力装甲を失った両者にとって喰らう一撃は霊体に直接突き刺さる。
だが、基本能力の差か、令呪の力か。
アーチャーの全力を受けてなおセイバーは崩れない。


―――ガズンッ!!


振り下ろされるセイバーの左。こめかみを捉えた強烈な一撃は
アーチャーの身体を斜めに傾かせるが、震える足に力を込め凌ぎきる。

「―――もう倒れろっ、アーチャー!!」
「く………くく………!
冗談じゃぁ………無いっ!!」


―――ズゴンッ!!


血を吐きながら放たれるアーチャーの左。
明らかに先程よりも勢いが無い。間合いを離せばかわせる一撃を、
セイバーは何故かかわせない。
顎に突き刺さった強烈なアッパーはセイバーの脳を揺らし意識を朦朧とさせる。

―――何故だ。何故倒れない。
アーチャーを支えているものは何だ。
誰かを守るという理想か。飽くなき献身か。
幼子を守ることで自らの理想を証明するという結果か。

セイバーは歯を食いしばり踏みとどまると、返しの一撃をアーチャーに見舞う。
これも全力の一撃。だが、アーチャーは倒れない。
血を吐き膝に手をかけて踏みとどまる彼の目を見据える。
そこには、ただ目の前を。目の前にあるものを救おうとする
強い炎が燃えていた。

「――――――っ!」

体勢を立て直しきれないアーチャーの顔面に、強烈なストレートが炸裂する。
鼻血を吹き傾く体。けれど、その一撃にも倒れない。
弓形に反った上体を勢いよく振り、そのままセイバーの顔面に頭突きを見舞う。


―――ガンッ!!


「くっ………!」

濃い血の匂いを払いのけ、アーチャーを睨みつけるセイバー。
ああ、この男は倒れない。絶対に倒れないだろう。
セイバーの手を取るその時まで―――絶対に倒れない。
その愚直な想いがセイバーの中の何かに突き刺さる。
けれど、セイバーは退けない。諦めるわけにはいかないのだ。



歯を食いしばり睨みあう二人の英雄。戦いはまだ終わっていない―――。



―――飛び散る血飛沫、はじけ飛ぶ肉。
人外の力を誇る両者の戦いは凄絶を極め、
強力な再生と尽きることの無い戦意の中で
終わることの無い戦舞を踊る。

それは凄絶でありながらも何処か悲しいぶつかり合い。

傷つきながらも目の前の獅子を救いたいと願う赤。
何よりも大切なものを救うのだと虚無の絶望へと進む青。
そこには愚かしいほどの献身しかなかった。

けれど、欲する願いを叶える為、相手を倒そうと戦う二人。
誰かを救うため、誰かを傷つける二人。
それが―――悲しいことではなくて、一体なんだというのだろう。


「やですよ…………ぐすっ…………。
こんなの…………やですよぅ……」

暗い洞窟に響く少女の嗚咽。
幼い泣き声は熱した大気に悲しく響く。

「なんで……どうして……けんかしなくちゃいけないんですか……?
あーちゃーさんは、せいばーさんのこともまもりたいって……
いってました……。せいばーさんも……っ、
わたしたちのことみて、やさしくわらってくれました……っ」
「………………」
「こんなの……いやですよぅ……。
ぐすっ…………かなしいですよぅ……。
あーちゃーさぁん……! わたし、わたし……やですよぅ!
ぐすっ…………うええええええん!!」
「さくら…………」
「うえええええええん!!」

眉を寄せた凛は涙を流す妹を抱きしめると、振り返り戦場を見つめる。
誰かの為に戦い続けた人の立つ、戦場を見つめる。


そこには、荒い息を吐く血塗れの英雄が二人。
戦いの果てに朽ち果てても、
なお戦い続ける傷ついた英雄が二人―――立ち尽くしていた。


「…………あーちゃー…………。
わたしも……やだよ。
がんばってがんばって、つらいこと、かなしいこと
いっぱいのりこえてがんばって………っ!
……どうしてっ、なんでっ?
なんでそのさきでまた……っ、かなしまなくちゃいけないの!
きずつかなくちゃ……いけないの!!
そんなの―――いやだっ!!
がんばってむくわれないなんて…………やだよっ!!」


その言葉に酷く悲しい顔になるセイバー。

―――どうして救えない。
―――何故守れない。

ああそれは、何時だって自身を苛み続けた疑問。
どれだけ努力しても、どれだけ手を尽くしても、救えないものは救えない。
滅びるものは滅んでしまう。
だから願った。だから欲したのだ。


―――聖杯の奇跡を。
愚かな王を消し去り、国を救うための奇跡を。
夢見た理想郷をログレスに実現するという、その願いを―――。



家政夫と一緒編第四部その13。
それは、強く強く願い続けた故に欲したもの。
どうしても叶えたかったからこそ、捨てられなかったもの。

大切な人達、守るべき民達、愛する故郷。
その全てを守り、ログレスに平和をもたらす戦いは生涯を賭けて貫いた王の願い。
たとえ自分が消えようとも、次なる王がその願いを叶えられるのならば悔いなど無い。
―――その筈だったのだ。