「―――おおっ!」

猛然と地を蹴ったアーチャーは
牽制とばかりに右手の莫耶を投げ放つ。

「がああああっ!」

―――バシャアンッ!

だが、迎撃に振るわれた聖剣の一振りで莫耶は塵に返る。
なんと恐るべき膂力と技の冴えか。セイバーは漲る力の全てを
集約させることに成功していた。
この様子では鶴翼三連も凌ぎきられる可能性が高い。

『ならば―――』

走る足はセイバーの二歩手前で地を蹴り横に跳ねる。
その動きに反応し地を蹴ったセイバーは、
あっという間にアーチャーに追いつき豪腕を振るう。

ブオオオオッ、ブウウンッ!!

着地と同時に身を屈め、烈風のような一撃をやり過ごす。
続いてくる袈裟斬りを大きくバックステップすることで回避すると
失われた莫耶を脳裏に浮かべる。


―――全工程強化投影。爆ぜよ、宝剣莫耶!


―――キンッ!


アーチャーの右手に握られたのは禍々しく変容した莫耶。
ささくれ立ち、そのサイズを二倍にした長大で肉厚の刀身は
元に存在していた刀剣美を失い、一個の凶器と化していた。

投影完了と同時に左手の干将をセイバーに投げ放つと、
大莫耶を両手で構え突進する。

「―――おおおっ!」
「があああああっ!!」

干将を見据え聖剣を振るうセイバー。
鋭い袈裟懸けが干将を叩き落し、返す刀が大莫耶の迎撃に走る。


ガコオオオオンッ!!


交合する鋼。打ち鳴らされる剣戟は既に刀剣同士のぶつかり合いの音ではない。
例えるならば重機。ビルが打ち壊される際に打ち鳴らされる
超重量の鉄塊同士がぶつかり合う激突音だ。

「――――――ぐっ!」

大打撃に大きく後ずさり、地に手をつくアーチャー。
威力を散らすように振るってこの衝撃。並みの莫耶では一撃で破壊されていただろう。
だが、大莫耶は砕かれること無く手中にある。
思わず口元を歪め笑う。これならばセイバーとも渡り合える。


ゴガアアアアンッ、ゴオオオオンッ!!


ぶつかり合う鋼と鋼。
化け物じみたセイバーの攻撃は悉くアーチャーの防御を突き崩すが、
ヒットアンドウェイを想定した攻撃により
今のところ大きな痛打を受けることなく戦況を維持できている。

『―――馬鹿力め……!
だが……今のセイバーには平時ほどの技巧は備わっていない。
これならば……』

持てる全力を振るい果敢に切り込む。
とにかくセイバーに隙を作らなければ始まらない。
当たれば両断される苛烈な斬撃を防ぎながら、
アーチャーの思考はセイバーの防御を打ち崩す方策を編み出そうと回転する。
走る緊張、唸る旋風。振るう大莫耶は強大な膂力を持って小柄な身体に迫る。

―――だが、その刹那。
荒れ狂っていたセイバーの太刀筋は突如として大莫耶の一撃を受け流した。

「―――な!?」

放った膂力を横方向に受け流され、前のめりに体勢を崩す。
それは、二度の戦闘でアーチャーが見せた、柔術技法“引き込み”。
“実”を“虚”に変える流水の如き太刀捌きだ。
驚愕の眼差しで捉えたセイバーの眼には、氷のように冷徹な光。
その眼は暴威に狂う狂戦士のものでは無かった。

ブオッ―――

受け流しと同時に放たれたセイバーの右拳。
強大な魔力を伴って放たれた一撃はアーチャーの顔面を捉える。


ゴオオオンッ!!!


「ぎっ…………!」

炸裂するカウンター。
目の前に火花が飛び散り一瞬視界が暗くなるが、
後頭部が硬い岩塊に打ち当たる衝撃で意識が引き戻される。

「――――――!!」

気付けば、聖剣を構え振り下ろそうとするセイバーの姿。
横に転がり慌ててその一撃から逃れる。

ゴガアアアンッ!!

聖剣を受けて吹き飛ぶ岩塊。
朦朧とする意識を何とか建て直すと、手放してしまった大莫耶の代わりに
干将莫耶を投影し、セイバーと向かい合う。
―――今のは危なかった。

「………っ、狸が。狂態はブラフか……!」
「―――狸に狸と言われるとは心外だな。
私に課せられた命はあくまでも貴方の打倒。
今更令呪に抵抗する必要は無い」

全身から恐るべき魔力を放出しながらも、その瞳は
氷のような冷徹さを湛えている。思わず背筋が震える。
目前の獅子―――否、竜はあまりにも完璧すぎる。付け入る隙が無い。


「言ったはずだ、何故止めを刺さないのかと。
そのような甘さで死地を生き残れるなどとは努々思わぬことだ」
「…………っ」
「一片の勝機も与えない。
二度の戦いを経て手の内を晒した愚行を呪え。
貴方はここで滅びるのだ、アーチャー―――!」



家政夫と一緒編第四部その11。
獅子に死角なし。
その本能すらも理に変えた獣は最早獣とは呼ばれない。