抜けない棘



「………………」
「………………」
「凛……桜?」

去っていく柳洞の親子をぼうっとしながら見つめている凛と桜。
その様子が気になって声をかけると、
途端に顔を真っ赤にして俯いてしまう二人。

「なんだ? 具合でも悪いのか?」
「う、ううん……だいじょーぶだよ……」
「な、なんでもないです……」
「…………?」

疑問に思いつつも境内を歩き出すアーチャー。
散策で調べた境内の地形や、地図から調査した地形情報を統合して、
大空洞の入り口の位置を推理する。
文献や遠坂時臣の言葉から判断するに上からでも行くことは可能そうだが。

「…………ね、あーちゃー……」
「……ん、なんだ?」
「う…………うん…………。
えと……その…………な、なんでもないの」
「―――?
君にしてははっきりしないな。何かあるならば
早めに言っておけ。下に下りれば戻れなくなる」
「う、うん…………」

腕の中でもじもじと俯いている二人をいぶかしみながらも、
調査を続行するアーチャー。
得た情報を照らし合わせるに、大空洞の入り口があるという
岩盤はこの下方だろうという推測を立てる。
目の前には夜の闇に包まれた暗い山林。
ここの斜面を下っていけば大空洞に到達できるはずだ。

「……よし。
いよいよ大空洞に向かうが、二人とも準備はいいか?」
「う、うん」「……はい」
「よし。では行こうか」
「……あ、あーちゃー!」

二人を守るように抱きかかえ、結界に突入しようと
身構えたアーチャに凛の声がかかる。

「どうした…………トイレか?」
「ち…………ちちちちちがうもんっっ!!
ばかばかばか、ばかあーちゃー! すこしはデリカシーとかはないの!?」
「いや、電車だの遊園地だのと、
どうも君はイベント前に弱いからな。後にも弱いが」
「ち、ちがうんだもんっ!
そ、その…………」

胸の前でもじもじと手を合わせる凛。
意を決したのかアーチャーを見つめて口を開く。

「さ、さっきの…………!」
「……さっきの?」
「……わ、わたしたちをたいせつなひとだっていうの……。
す……すっごく……うれしかった……よ」
「あ…………。
わ、わたしも…………うれしかったです!」

そういうと顔を真っ赤にして俯いてしまう凛と桜。
何を言い淀んでいるのかと思いきやそんな事だったとは。
思わず微笑んでしまうアーチャー。

「当然だろう? 君達は私のマスターだ。
私が守らずに誰が君達を守るんだ」
「……う、うん。
で、でもね、わかってても……いわれるとうれしいものなのっ」
「てれちゃいます……」
「ク……この状況で頼りになるマスター殿だ」

アーチャーはといえば、これからの先行きに不確定要素が多すぎて
少々困惑気味だというのに、主人二人はこの様子だ。
苦笑を浮かべ、二人の頭を優しく撫でる。

「わ……えへー」
「くすくす……」
「…………ね、あーちゃー」
「……なんだ?」
「ずっと…………ずっとまもってね!
わたしたちのこと……まもってね!」
「――――――」


その言葉に、一瞬だけ答えに詰まる。
胸に刺さった時臣の言葉が蘇る。

『例えそれが、どれだけ良かれと思ってやっていることでも……
望まれぬやり方で、大切な人を守ることなど出来ない』

だが……それでも。出来る事をやるしかない。
悲しませないように……最善を尽くすしかない。
その結果、少しでも長く二人の傍に居られるように……努力するしかない。
―――だから。


「―――ああ、守るよ。君たちを絶対に……守る」


やるべき事だけを言葉に代えて、そう答えた。


「うん! いこう、あーちゃー!」
「いきましょう!」
「ああ―――行こう!」


そうしてアーチャーは二人を抱き、急な斜面に向かって飛び降りる。
身を覆う柳洞寺の結界。引き返せと告げてくる強力な念を
歯を食いしばって耐え切る。
向かうは龍のあぎと。古の儀式場へと通じる暗い洞の入り口。



家政夫と一緒編第四部その9。
救えないものがあるように、避けられない別れもある。
それが悲しみを呼ぶと判っていても、
二人のことを思うのならば、きっとそれが一番。
そう信じ、戦う弓兵の心には―――抜けない棘が刺さっている。