守るべき人



月下の淡い光の中、二人を抱え柳洞寺の長い石段を駆け上る。
大空洞に直接向かうつもりだと思っていたのか、
腕の中の凛は不思議そうに首をかしげる。

「あーちゃー、だいせいはいのあるばしょにいくんじゃないの?」
「念には念を、な」
「―――?」

そうして境内に到着する。
大空洞の真上、円蔵山の中腹にある柳洞寺。ここは戦場になる可能性が高く、
戦いが始まる前に寺の住人を避難させなければならない。
徐々に蘇ってきた過去の記憶を頼りに寺の西側にある居住エリアに向かう。
時刻は20時過ぎ、住人はまだ起きているだろう。

「夜分遅くに失礼する! 住職殿はおられるか!」
『―――む』

障子を開けて出てきたのは顔を赤くした老境の住職。
その姿に思わず苦笑を浮かべるアーチャー。
老人が右手に持っているのは徳利だった。

「おや……昼間の御仁。確かアーチャー殿でしたかな?
約束を果たしに来てくれたのだとするとありがたいが……」
「……申し訳ない。この通り子供を抱えた身でして」
「呵々、然り然り。
ところで……急な用件のようじゃな。上がっていく余裕はありますかな?」

そう言って目を光らせる住職。
たいした老人だ。アーチャーの様子と気配からただ事ではないことを
感じ取ったのだろう。

「……世話になっておいて随分酷い男だと思われるかもしれませんが……
無礼を承知でお願いしたい。
今晩一晩だけ、ご家族共々寺から避難してもらえないでしょうか」
「…………ふむ」

アーチャーの言葉を聴き顎に手を当てる老人。

「それは……先日の未遠川の干ばつや、
深山の方が騒がしい件と何か関係があるのかね?」
「……………! ………はい」
「……そうか。ワシが生きているうちにまさかもう一度あるとは
おもわなんだが……。判った、従おう」
「………………!
いいのですか………?」
「カッカッカ!
仏は衆生を救うもの。僧はその御心を叶えんとする者。
アーチャー殿、お主の目を見て無碍に断るようでは坊主失格じゃ」
「……感謝します」
「どれ、少し待っておれ。孫たちを連れてこよう」

そう言って踵を返す老人。
廊下を歩いてゆくその姿を見送りながら、
アーチャーは胸に顔をうずめる凛をじと目で睨む。

「……こら、子狸。狸寝入りはばれているぞ?
その態度は住職殿に失礼だろう」
「うう……だってー……」

眉を八の字に歪めてアーチャーの顔を見る凛。

「あのおじーちゃんにがてなんだもん……」
「なんだ、知り合いだったのか?」
「とうさん、ふゆきのめいしでもあるから、
おっきいイベントのときとかによびだされるの。
あーちゃーくるまでとおさかのおうちにすすんでかかわる
にんげんなんてめったにいなかったんだけど、
あのおじーちゃんとそのむすこさんはべつで……。
うーー、とにかくにがてなの!」
「誰とでも仲良くできる君にしては珍しいな……。
得意の猫かぶりはどうした。公園のアイドルの名が泣くぞ?」
「うー……だれにでも、てんてきはいるのー。
いいからばれないようにしてよー」

むずかる様にアーチャーの胸に抱きつき、必死に顔を隠そうとする凛。
そこへ孫達を連れた老人が戻ってくる。

「お待たせしましたな。
ほれ、零観、一成、アーチャーさんと遠坂の嬢ちゃんに挨拶せい」
「どうもアーチャー殿。良い夜ですな。
遠坂のお嬢さんも大きくなりましたなぁ」
「あ、えと……あーちゃーさん、さきほどはどうも!
そちらのおじょうさんははじめまして。
おれはりゅうどういっせいといいます!」
「ふえ!?」
「…………く、くくくくく……。
バレバレではないか、子狸殿」
「……なんでー?」
「むにゃ…………どうしたんですか……?」

姉の叫びに目が覚めたのか、目をこすりながら起き出す桜。

「そちらの嬢ちゃんは妹さんかの?
こんばんわ」
「……え、はわ………こ、こん……ばんゎ……」

老人に声をかけられると、桜は小さな声で挨拶をして
アーチャーの胸に顔をうずめてしまう。

「……む、済みません。少々人見知りの気がある子で……」
「気になさるな。
それよりも……急いでいるのじゃろう。
寺にいる人間は大半が秋修行に出ておりましてな。儂と孫とで全員じゃ。
して、ワシらは何処へ向かえばいい?」
「―――出来れば深山町のほうまで。
明け方には危険は去っていると思います。それまでは
山には近づかずに居てくださると」
「判った。では行こうか、零観、一成。
…………一成? どうした」
「……は、いえ…………」

小さな少年、柳洞一成は、アーチャーに抱かれた凛と桜を見る。

「きけん……なんでしょう?
あーちゃーさん、そのこたちはひなんしなくて……いいんですか?」
「――――――」

思わず顔を見合わせてしまうアーチャー達。
凛と桜は少しだけ不安そうに眉を寄せてアーチャーを見つめる。

「……本当は……そうしたいところなのだがね」
「……!」「……!」
「だが、手のかかる子達でね。私の目が届かない場所に居ると
危なっかしくてしょうがないんだ。……だから」


「この子達は私が守る。
私の全てを賭けて守るべき……大切な人なんだ」


「……あ……あーちゃー…………」
「……あーちゃーさん…………」

アーチャーの答えを聞くと一成は少しだけ羨ましそうな顔をして笑う。

「あーちゃーさんほどのかたにそこまでいわせるのです。
よほどあぶなっかしいのですね」
「だ、だれがあぶなっかしいですってっ。
ことばにはきをつけてくださるかしら……!」
「ああ、これはしつれい。ことばのあやというやつです。
あーちゃーさん、その……おひまがありましたら
しょかんのよみかたやりょうりなどおしえていただきたいのですが……
よろしいでしょうか?」
「―――ん? ああ、構わんよ。住職殿との約束もある。
今日の詫びも兼ねて伺わせてもらおう」
「……!
は、はいっ、たのしみにしています!」

満面の笑みを浮かべ、老人と兄の下へ走る一成。
そうして、柳洞の一家は石段を下りてゆく。
一成は石段の影に隠れて見えなくなるまで、アーチャー達に手を振り続けていた。



家政夫と一緒編第四部その8。
出来れば危険な目になどあわせたくは無い。
だが、君たちを魔術の脅威から守れるのは、
今はこの腕の中だけだから。
この闇をぬけるまで手を離さない。 君たちを守ろう。