世界



深山町に響き渡る無数のサイレン。
魔術師達によって起こされた二つの戦いの余波が、
冬木の夜を震わせている。

遠坂邸から山中へと退避してきたアーチャーは凛と桜を抱え、
遠くで灯る回転灯の明かりを眺めていた。

「おおごとになっちゃったね……」
「あかいひかりがいっぱいみえますよ〜……」
「……面目ない」
「ふえ? なんであやまるの、あーちゃー」
「あーちゃーさんが……いけないんですか……?」
「少なくともあちらに見える回転灯の光は私が原因だろうからな……」

幽霊屋敷の近くに集まる赤い灯の群れ。
畑の中にぽつんと立つ幽霊屋敷は辺りの民家と距離があるため、
屋敷で起きた火災は周辺に被害を及ぼしてはいないようだった。
消防車が幾台も詰め掛け、燃え上がる炎を消火にかかっているのが見える。

「あーちゃー、またけがしてるね」
「ん……?
ああ、もう大丈夫だ。時臣氏が治療してくれたからな」
「……なにがあったの?
ばたばたしててちゃんときけなかったけど、
あーちゃーなんだかかなしそう」

聖骸布で固定されたアーチャーの右腕を撫で、心配そうに呟く凛。
苦笑を浮かべその頭を撫でる。最近の彼女達は
アーチャーの感情を的確に読んでくるので隠し事が出来ない。

「そうだな……ではマスター殿には話しておこうか。
推測も混じるが構わんかね?」
「うん、はなして」


―――そうしてアーチャーは
自分の身に起きた出来事と推察できる状況を
掻い摘んで二人に説明する。

自分を陽動するために現れたアサシンとの戦い。
恐らくは令呪による命令でやってきたセイバーとの戦い。
そして切嗣との戦いのこと―――。


「………そうすると、せいばーとあの……こわいマスターのひとは
あさしんのマスターとてをくんだのかな?」
「考えたくは無いがその可能性は高いな」
「………………。
ね、あーちゃー。ふゆきおおはしでいってたよね。
せいばーと、あのひと……」
「……切嗣か?」
「うん。あのひとのこともたすけたいって」

悲しそうな顔をして見つめてくる凛。
アーチャーの望みが難しいものになってきていることを察しているのだろう。
元より無謀な望みだ。しかも切嗣は凛と桜を殺そうとしている。
この状況で自分の望みを二人に強制することなど出来ない。

「………ああ。……私は」
「ね、あーちゃー。
きりつぐってひと、あーちゃーにとってどんなひとなの?
「…………ん?
そうだな……切嗣は私にとって養父に当たる人だ」
「うえ!? とうさんなの?」
「ふ、無論生前の話だよ。
今の私だと年はそう変わらないのではないかな」
「ふくざつなんだね…………」

凛は疑いもせず信じているようだが、これは本来ありえないことだ。
どれほどの奇跡が自分と切嗣を引き合わせているのか、運命の悪戯と言うものを
感じずにはいられない。

「でも、とうさんなんだよね。どんなひとだったの?」
「……ふむ……一言で言うと、子供のような人だったな。
旅が好きでね、年中家を空けては世界中の色々な土産を買ってきてくれた。
家にいるときは畳に座布団を……こう、折って敷いてな。
寝っ転がってテレビで落語を見ていたな、確か」

掠れた記憶を一つずつ掘り出し、形に変えてゆく。
確かにあった幸せな日々。
大切な思い出を蘇らせてゆく。

「下手な落語が大好きでね。休日になると近所の暴れ虎や
子供達をお菓子を使って集めて、落語の披露会をやるんだ。
これがまた苦痛の時間でな……本当につまらない。
チョイスが拙いのか話し方が下手なのかは謎だ」
「やっかいなおじさんだね……」
「だが、それ以外は自分から何かをする人ではなかったよ。
その代わりオレがじゃれつくと何をしていても必ず相手をしてくれた。
ただ、魔術だけは別でな。きっと関わって欲しくなかったんだと思う」
「………………」

今ならば当時の切嗣の気持ちが判る。
大切な人に魔術を学ばせることが
その道をどれだけ捻じ曲げることになるのか。
どれだけ学問として優れていても魔術は魔術。それ以外の何物でもない。
神秘は人を何処か狂わせてしまう力がある。

「結局、オレの熱意……いや、脅迫といってもいいか。
根負けして魔術を教えてくれることになったんだが……
教え方がまた酷くてな。学園に上がるまで魔術回路の生成も命がけだったよ」
「…………え?
じゃあどうやってまじゅつのべんきょうしてたの?」
「毎回毎回一から魔術回路を作り直す。
無論、大失敗でもすれば拒絶反応で廃人だよ」
「えっ、な、なんでそんなのなおそうとしなかったの、そのひと?」
「……言ったろう。魔術に関わって欲しくなかったのだろう、とな。
切嗣は私に魔術を学ぶことを恐れて欲しかったんだと思う。
普通子供というものは痛い目にあった行動を避けるようになるものだ。
それが命を脅かすものだと知れば近づきもしなくなる。
“あたりまえ”の危機意識を持った子供なら、な。
けれど………切嗣は止められなかった。否、止め切れなかったんだ」
「…………え?」
「本格的な魔術を教わり始めて間も無く、切嗣は死んでしまった」


あの人は死に際までついていなかった。
自分が助けた一人の少年がこんなにも壊れていて、
まさか魔術を学び続け―――自分と同じ道を行くなどと。
思いもしなかったのだろう。

子の幸せを望まない親はいない。
けれど、子は親の気持ちなど判らない。
ただ憧れたものを信じ、追いかけるだけ。

正義の味方を目指すなら別の選択肢もあったのだ。
弱いものを守るならば別の道もあった。
けれど、少年は親にとって最悪の道を選んだ。
―――ただ、それだけの事。


「………っと、長くなったな。
まあ何にしろ不器用で、変な親父だったよ。衛宮切嗣という男は」
「…………そう。やさしいとうさん……だったんだね」
「……そうかも知れんな」

ああ、確かにどうしようもなく不器用で、最後の最後まで
自分の夢しか見えていない人だったけれど。
切嗣は確かに自分のことを愛してくれた。守ろうとしてくれた。
血など繋がっていなくても、切嗣はたしかに衛宮士郎の父親だった。

「ね、あーちゃー。
きりつぐさんのこと、たすけてあげようよ」
「………………!
だが、それは………」
「そんなにたくさんのひと、みてきたわけじゃないけどさ。
ほんとにわるいひとなんて、きっといないんだよ。
つらいことがあって、しんじられなくなって、
そこに………せいはいなんてあったら。
やっぱりたよっちゃうんじゃないのかな」
「………そうだな」
「でも………それじゃきっと、だめだよ。
さくらもあーちゃーも、とうさんも。
せいはいなんてなくったって、みつけられたんだよね?」
「ああ。見つけられた」


「………なら、せいはいをこわしちゃえば………きっと。
たすけられるよ、きりつぐさんのこと」


目の前の幼子があまりにも眩しすぎて、アーチャーは
思わず微笑んでしまう。
自分が悩み、ようやくたどり着いた答えにあっさりと到達してしまった。

「うー………ごーまんかな?
ほ、ほらっ、りんちゃんはてんさいだからさー。
そんなのいらないし、ほしいものはじぶんでてにいれるし、
せかいなんてすでにあたしのもの! っていうか………」
「ああ、世界は君のものだ。マスター殿」
「うー………馬鹿にされてる?」
「滅相も無い。くく………」


世界は君のもの。同時に、誰のものでもある。
真理などそこらに転がっている。ただ積み重ねた想いが
近くにあるはずのものを遠ざけているだけに過ぎない。
純粋であればあるほど簡単に“届く”のなら、
魔術とはなんと滑稽な学問なのだろうか。
今の遠坂凛ならば、きっと水溜りを飛び越えるくらい簡単に
そこへ到達してしまう事だろう。


「わかった、マスター殿のお墨付きだ。
必ずや衛宮切嗣を救ってみせよう」
「うふふ、うん! だいじょーぶ、
あーちゃーならきっとみんなのことしあわせにできるよ!」
「そうかね?」
「だって、がんばってきたんだから!
みんなのことたすけようって、ずっとずっとがんばってきたんだから、
それなりのむくいはぶんどってしかるべきなの!」
「………くく、そうだな。では美味しいところ総取りで、
ハッピーエンドに突き進むとするか」
「―――うんっ!
あ、さくらねちゃってるから、ならべくしずかにね」

どうも静かだと思ったら、桜はアーチャーの左腕の中で
すやすやと寝息を立てていた。
この状況で豪胆なことだ。ますます以って頼もしい。

「ああ。ならべく静かに動くとしようか。君は大丈夫か?」
「ん……ちょっとつかれたけどだいじょーぶ!
はやくかえってとうさんのかんびょうしないといけないんだから、
あーちゃー、とっととせいはいせんそう……おわらすわよ!」
「―――ク。
了解だ、マスター」


頼もしい言葉を受け、アーチャーは二人を背負い走り出す。
目指すは龍の腸の上に建つ古の寺社、柳洞寺―――。



家政夫と一緒編第四部その7。
多くの想いが真理を隠す。願う想いが願いを遠ざける。
世界はここにあるのに、人は遠い場所を目指して進んでしまう。

ならば、遠くへと誘う仕組みを叩き壊す。
それがアーチャーの戦い。多くの人を守る答えだ。