Interlude8-6:しあわせならば



―――そうして時は流れ、冬木郊外。海を臨む田園地帯の中。
全身に傷を負い倒れたホムンクルスを前にして
セイバーは荒い息を吐き剣を突きつけていた。

「はぁ……はぁ……っ。
もう……いいだろう……ホムンクルス。
否―――ラエヴィと呼ぶべきか……」
「…………何故、わたくしの名を?」
「ぐ………はあっ……。
……サーヴァントは……本来夢を見ない。だが……不思議なことに
ここ数日、切嗣の記憶を寝ている最中に見る事があった……。
その中で……あなた達がどんな目にあったのかを……
知ることが出来た……」
「…………では」
「何故……生きているのですか……ラエヴィ。
貴方は……アインツベルン城の戦いにおいて
命を……落としたのではないのですか……っ?」
「………………」

瞳を伏せ考え込む美しいホムンクルス。
剣を突きつけられ、命を奪われるかもしれないというのに、
その様はまるで自分のことなど考えていないかのように見える。

「―――セイバーのサーヴァント。
いいえ、誇り高きアーサー王。
わたくしの願いを……聞き届けてくださいますでしょうか」

そう言ったとたんに胸を押さえ苦しみ始めるラエヴィ。

「…………!?
どうしたのだ……!?」
「……や、……約束……して……くださいますか……?
アイリスフィール様を……衛宮様を……守って……
くださる……と……くっ……あっ!!」
「――――――!?」

その瞬間ラエヴィの口から大量の血液が吐き出される。

「――――――!!
どうした…………くっ…………!」
「やく……そく…………」

剣を地に突き刺し、身の内の殺意を必死に堪えながら
セイバーは地に伏したラエヴィを抱え上げる。
大量の血を吐きながら喘ぐラエヴィは顔面蒼白で
今にも死んでしまいそうだ。

―――切嗣の令呪に逆らい、こうしている今。
自分は彼を裏切ったと言ってもいいだろう。
そんな自分に切嗣を守る資格があるのか。

……だが、それでも。
彼を救いたいという気持ちだけはセイバーの中に確としてあった。
ならば迷うまい。もう諦めないと決めたのだ。

「…………ああ……。
私も…………切嗣を救いたい。
……約束しよう。
我が名と、ログレス王の誇りにかけて……!」
「……良かっ…………た…………ぐうっ!!??」

一際大きく震えると、ラエヴィは自らの腹中に手刀を突き入れる。

「――――――!?」
「あぐうう……うううう……!」

そうして胸元まで手刀を深く突き入れると、
腹の中から何かを引きずり出した。
それは―――奇怪な形をした何匹かの蟲だ。

「………これは………!?」
「……マキリの禁呪……“制約”の具現、刻印虫……。
人の体内に巣食い……命令に背いた被術者に激痛を与え……
対象を操る強制の術です…………」
「…………っ。なんと……非道な……」

刻印虫を握りつぶすとがくりと項垂れるラエヴィ。

「……っ!
しっかり……しっかりするのです……!」
「……主を守ろうと……傀儡の身にも耐えてチャンスを伺っていましたが……
“ドレス”の修復を終えた以上、私は消されていたでしょう……。
ですから……これから話すことを……良く聞いてください……セイバー」
「……っ…………はい……」
「アイリスフィール様は……生きておられます……」
「―――!?」

夢の映像の中では頭部を引き抜かれ殺されたはずのアイリスフィール。
彼女が生きているというのか。

「敵の名は……マキリ・ゾォルケン。
200年前……アインツベルン、トオサカと共に
大聖杯の術式と……サーヴァントシステムを完成させた……
張本人であり……聖杯戦争のマスターです。
200年の歳月をかけ、彼はどの魔術師よりも正確に……
聖杯戦争のシステムと……冬木の地理事象を把握していました……。
それ故に……誰よりも早く……サーヴァントを召喚し……。
聖杯を奪うため……聖杯戦争開始前を狙って……
アインツベルン城を……襲ったのです……」
「……っ……では切嗣を襲った白面の男は……」
「彼のサーヴァント……アサシンです。
その際……第三法の起動に……必要なアイリスフィール様を……
連れて行くため……彼は偽装を施したのです……。
衛宮様を憎しみに駆り立て、儀式を円滑に進める為の駒に変え…………
なおかつ……必要なものを手に入れる……偽装を…………。
その為……エンセータはドレスを引き抜かれ……
アイリス様の……身代わりに……」
「…………」
「ですが……聖杯に触れて……彼は……この冬木の聖杯が……
あ…………ぐ、……ごほっごほっ…………!!」
「―――!」

荒れた呼吸を繰り返し、妙な喘鳴音を立て始めたラエヴィ。
肺をやられているのだろう、もう長くは無い。
それでもセイバーの手を強く握り、言葉を伝えようとする。
守りたい誰かの為に……彼女は命を賭けていた。

「…………ゅ……う……う…………。
おね……がい……します……セイバー。
アイリスフィール様と……衛宮様を……救って……ください……。
大空洞は…………寺の在る山の……結界内にある……
岩清水の湧き出る……場所に…………」

ラエヴィの手から流れ込んでくる思念の波。大空洞に至るまでの
明確な映像がセイバーの脳に焼きついた。

「…………っ…………判った……!」
「……あ……ああ…………良かった…………。
貴方ならば…………わたくしよりも……ただしく…………。
お二人を…………守ってくださる…………でしょう…………。
ふふ…………目的のための……どうぐに……すぎない……わたくしなのに……」
「―――?」
「本義……遂行を……果たせなくても…………。
アイリス様が…………しあわせなら…………
わた……く……し…………は…………。
……………………」
「………………っ」

握る手の力が徐々に弱まっていき……ラエヴィの手は地面に落ちた。


「……………………」


身を苛む殺意よりも、自らの内にある迷いよりも。
自身に対する強い怒りが身を焦がしていた。

このホムンクルス……ラエヴィは。聖杯など望んではいなかった。
切嗣もアイリスも……既に、奇跡など望んではいなかったはずなのだ。
ああ、それでも。
大きな絶望の果てに―――願いに惹かれ、奇跡に惹かれ。
血を流し殺しあう自分達。

ここには、救いなど無い。
あるのはただ殺し合いだけ。

自らの願いの為に、他を蹂躙し、願いを奪い、希望を殺す。
奇跡の亡者が―――いるだけだ。


「…………っ…………く…………っ」


もう、終わらせなければ。
悲しい思いを、死の連鎖を―――断ち切らねばならない。


ラエヴィの体を地に横たえると、祈りを捧げ、そっと瞼を伏せてやる。
聖剣を地より引き抜き、そびえる高い山を見る。
アーチャーは幼子を救えただろうか。切嗣は……どうしているだろうか。

「……行かなければ。アサシンを倒し……大空洞へ向かう。
そこで……切嗣にも会えるはずだ」

こうして自分が現界を維持できているところを見ると切嗣は健在だ。
ならば―――きっとアーチャーも来る。
そこが最期の戦いの地になるだろう。

固い決意と強い怒りを胸に、セイバーは殺意と戦いながら
幽霊屋敷へと向かう。
この戦いを、終わらせるために―――。



―――Interlude out



家政夫と一緒編第四部その6。Interlude8-6。
主を思い、姉妹を殺された怒りを胸に秘めながらも、
走り続けた白いドレスの女の戦いは―――終わった。

未だ迷いの中進む騎士王は、
戦いを終わらせるために幽霊屋敷へと引き返す。