Interlude8-5:分かたれた道



―――次の日の昼のこと。秋の風が通る一室で
セイバーは畳の上に正座をして考えていた。

居を正して瞑想するというこの国の居振る舞いを
教えてくれたのは切嗣だった。
別段それがどういうものかを言葉で説明してくれたわけではない。
ただ切嗣がそうしていたのを見て、その様子が余りにも静謐で美しかった
ものだから、気まぐれにセイバーも真似をしてみたのだ。
するとどうだろう。畳の上で居を正し、瞑目することによって得られる
精神集中はセイバーの精神を引き締め、活力を与えてくれた。

その時からだろうか。まるで道具のようにサーヴァントを扱う切嗣に
一目を置くようになったのは。


『―――切嗣…………』

切嗣の意向に逆らい反論したセイバー。
自分は切嗣に対して何を求めているのだろうか。

元より聖杯戦争に勝つ事だけを目的に共闘していた二人。
国を救いたいという一心で戦いに参加したセイバーにとって、
どれだけ誇りを汚されようと、どれだけ苦痛に苛まれようと、
最終的に聖杯を手に入れられるのならば文句などなかった筈だ。

けれど、いつからだろうか。
そんな自分の姿に疑問を感じるようになったのは。

『私は……何に対して疑問を抱いているのだろうか』

思い出すのはまっすぐな視線。
願いは叶わぬと知ってなお、聖杯など要らぬと立つ赤い騎士。
その視線と、その内に見たもう一つの目を意識したとき。
セイバーは自身の在り方に疑問を抱いたのだ。


―――私は、前を見て真っ直ぐ歩くことが出来ているのかと。


『私は……どうしたいのか。
何を成し、何処へ向かいたいのか……』

思考は堂々巡り。出口など何処にも無い。

このままではいけない。
セイバーは背筋をピンと張り、吹き込む秋の大気を胸に吸い込む。
そうして目を開くと、その目に映る青い空。


とてもとても―――青い空。


「――――――」

空は、国と時代を違えても変わることなくそこに在る。
今見ている青く澄んだ空は―――ログレスを必ず守るのだと、
愛する騎士たちと共に見つめた空と、寸分も変わらない。

その事実に、何故だか少し涙が出た。

「………………っ」

胸を締め付ける強い思い。
愛する国を守る志や、王としての責務を果たす意思は
一片たりとも変わっていないというのに。

それでも、セイバーの胸は……何故か酷く痛む。
戦いの果てに叶える望みのことを思うと……酷く痛むのだ。

「わたしは…………」

胸を押さえ、静かに目を瞑る。
願いを捨てるわけではないが……その想いに、逆らってはならない。
騎士たちの涙を、忘れてはならない。そんな気がした。

「―――私は」

目を開けて一息。気合を入れなおす。
決めたのならばもう迷うまい。
セイバーは己の心を信じ、進むことを決意した。



◇   ◇   ◇   ◇



そうして―――夕刻。日が落ちる頃。

「切嗣……いますか」

切嗣の私室前に立ったセイバーは、障子越しに声をかける。

「…………む」

少し慌てたような声。しばらく間があって、

「入れ」

そう声がかかった。
障子を開けて部屋に入ると文机の上においてあるいくつかの道具……
医療用のものだろうか……が気になった。
それともう一つ、部屋から漂うかすかな香り。
セイバーはその匂いを知っているような気がする。
これは……フィロニウム? 少し違うようだが……。

「……さて、返答を聞こうかセイバー」
「…………私は」

居を正し、従者の意思を尋ねてくる切嗣。
セイバーは正座をして切嗣と正対すると、
その目を真っ直ぐに見つめて言葉を紡ぐ。

「……切嗣、私は……アーチャーと決着をつけたい。
だが、幼子を殺すつもりは―――ない」
「…………」

その答えに呆れたような表情を浮かべる切嗣。
甘い言葉に取り合うつもりは無いと見切りをつけたのだろうか。
だが、セイバーも退くつもりは無い。

「切嗣、この策は確かに……勝つ事に関してこの上ない上策でしょう。
主力を迂回し、本陣を叩く。それは兵法の基本、戦であるのならば
当然のように成すべき策でしょう」
「…………何が言いたい」
「ですが……切嗣。あえてもう一度言おう。
そのやり方は間違っている」
「…………なんだと?」

向けられた剣呑な視線を真っ向から受け止め、セイバーは言葉を継ぐ。

「勝利以上に尊いものなど無い。
ああ、それは正論でしょう。敗北すれば何も救えない。
それは当然のことなのだから。
ですが―――もしこのやり方で勝ったとて。
戦いを望まぬ無力な幼子を殺し勝ったとて。
私たちの進む先に何があるのですか?」
「…………何?」
「私は……王の道を選び、罪も無い民草の命を奪ってきました……」
「………………」
「……どれだけ大義を掲げようと、どれだけ多くのものを守れようと、
結局はたくさんの命を犠牲にしてしまった。
所詮血に汚れた両手、私には人道を吐く資格などないでしょう。
けれど…………それでも。
吐く言葉が、成すこの手が如何に穢れていようとも」


肩に背負った多くの業。逃れられぬ死の連鎖。
主に顔向け出来ないほどに穢れきった両手。
この手は誰かの命を奪うことでしか何かを守ることは出来なかった。
だが―――それでも。
愛する人達を、無垢な笑顔を、彼らが暮らす愛しい国を守るのだと、
諦めることなく成し続けた願いがある。


その願いを―――尊いものだと信じるのならば。


「私たちは―――諦めてはならない。
効率などという言葉で命の価値を貶める事など……やっていいはずが無い。
王として、騎士として、“守る者”として。
私たちは最後の最後まで……救うタタカウことを、諦めてはいけないはずだ」


セイバーの言葉に黙り込む切嗣。
その瞳は一瞬だけ、大きく揺らいだ。


「切嗣、私たちは模索しなければならない。
多くの者を救える道を、探し続けなければならないはずだ。
それが救う者が取るべき手段のはずだ」
「………………」
「手段に飲まれ、独善に陥ってしまえば、
私たちは真の意味で―――敗北してしまう。進むべき道を見失ってしまう」
「………………」
「まだ間に合います。私と共に往きましょう切嗣。
二人ならばきっと、出来なかったことも成せる筈だ」


だが、セイバーの言葉を拒絶するように沈黙を守る切嗣。
灰色の瞳からは一切の感情を伺えない。
一切の希望を―――伺えない。


「……話は、それだけか」
「……っ、切嗣!」
「戯言は終わりかと聞いている」
「キリツグ……っ、貴方は……!」


―――何故だ、何故伝わらない。

身を焦がす焦燥。湧き上がる遣る瀬無さを視線に乗せ、切嗣を見つめる。
絶望に凍りつき、目的しか見えなくなってしまった悲しい目を見つめる。


貴方は―――貴方はそんなにも。



「そんなにも…………
自らを責め続けなくともいい……!」



「―――――黙れ」


そうして、全てを拒絶するように放たれる切嗣の言葉。

「君が“それ”を言うのか、アーサー王。
いいだろう……質問への答えはNOということでいいんだな」
「……え」


今―――切嗣はなんと言った。
“君がそれを言うのか”と、そう言ったのか。


「ま……待ってください切嗣、貴方は…………!」
「一度目は覚悟を、二度目は強制か。
出来るならば使いたくは無かったが。
―――もう時間が無いんだ」
「え…………?」
「君の願い、かなえようセイバー」



―――令呪に告げる。我がサーヴァント、セイバーよ

アーチャーのサーヴァントを―――殺せ。



家政夫と一緒編第四部その5。Interlude8-5。
まるで鏡に映したように同じ業を負う二人。
同じ愚かさを抱くからこそ、許せないものもある。
それでも、同じ目的を持って走り続けているのならば
二人はぶつかり合うこともなかった。

だが、合わせた鏡は互いの全てを映し出してしまう。
見るべきではないものすら映し出してしまう―――。